蠢く闇 part2

 「はぁ……なんか気がノらないわねぇ」


 迫ってくる製薬会社の私兵の一人を殴り飛ばしながら、テンション低めに呟く。

 薬物投与による精神操作。聞いただけで胸クソが悪くなるような内容、そしてその胸クソが悪くなるそれを受けた人間が虚ろな目をして襲ってくる。

 意思のない者を殴るのはどうにも気が引けてやる気が出ない。


 「ねぇ、一気に本命までいけないの?」


 「……無理だろうな。それをさせたくないから、わざわざこんな事までして私兵を用意しているんだろうから」


 こちらもつまらなそうに真愛まなの問いに答えながら、私兵を殴り飛ばす。

 あまり大きくないはずの製薬会社工場。それなのに次から次へと湧いてくるように現れる私兵共に、いい加減辟易していた。

 だが、辟易しようがウキウキしようが全てを薙ぎ払わなければ終わらないのは事実。

 ただ淡々と粛々と、作業のように迫る私兵を倒していく。


 「はぁ……やっぱ気がノらないわ」


 強烈な拳を叩き込み、五人以上をまとめて吹き飛ばしながらぼやく。

 門をくぐってから、まだ一五分も経っていないというのにすでに一〇〇人近くを倒している。

 だというのに、未だその勢いが途切れることはない。

 投薬で身体能力を強化されてはいるが、真愛まなとセシリアの二人にとっては雑魚同然。

 弱い者イジメは趣味ではない。

 

 「……こっちだ。暗いから気を付けるんだぞ」


 十数人が山と積まれた脇を抜けて、二人は工場の地下へと続く階段を下りていく。

 そうすると、今までの物量が嘘のようにピタりと襲撃が止んだ。


 「どうなってんの?」


 「ああいう薬による人体操作はな、複雑な命令はできないんだ。さっきのフロアまでの護衛しか受け付けてないんだろう」


 薬による人体操作、その命令は魔法で脳に直接命令を書き込むのである。

 その命令は、なるべく判断がいらないように簡略化されていなければならない。そうでなければ、投薬によって破壊された精神で思考しようとすると機能不全を起こしてしまう。

 加えてこの大人数。余計に命令を簡素なものにしなければその場でただ棒立ちするだけの、カカシ以下のでくの坊に成り果ててしまう。

 だから、戦闘行為を行うかどうかを思考する必要が出てくる地下へは私兵たちはやってこれないのだ。


 「それって、なんか役に立つの?」


 「本来ならば充分だろ。あの数だ、ここまで来る間に死んでるさ」


 魔法をほぼ使わないとは言っても、身体能力を強化された者が一〇〇人単位でやってくれば、通常であれば数分と持たずに殺されるのがオチである。

 ここまで来ることが出来る二人の方が異常と言ってもいい。


 「まぁ、それはいいとして。この階段、どこまで続いてんの? マジで長いんだけど……」


 「わからん。よほど見られたくないんだろ、この下に在る物は」


 薬で人間を操るだけでも、相当なタブー。だが、それを一切躊躇いなく使ってきた。

 ここは、それ以上の禁忌が秘められた場所へ続く階段なのだ。

 地下一〇〇メートルよりもさらに深く続いていそうな暗き深淵。螺旋階段の底は未だ見えない。


 「あれ? なんか光った?」


 真愛まながそう呟いた瞬間。

 淀んだ虹色の光が真愛まなの頬を掠めていった。ジリジリと灼けるような痛みが走る。

 指をやると、僅かに血が滲んでいた。


 「この光……まさか勇者?」


 「いや……恐らくは違う、来たぞッ!!」


 ダァアン!!! と金属製の階段に轟音を鳴り響かせながらやって来たのは長身痩躯の男だった。

 身長は二メートル近くあり、それに不釣り合いなほどに痩せたハリガネのような体。ボサボサの白髪を伸ばしっぱなしにしてその奥から覗く瞳は不気味な赤色に輝いていた。

 手には、これまたアンバランスなほどに刃渡りのあるナイフ。ぼんやりとだけ光る灯りを受けて、ヌラヌラと不気味に光を反射している。


 「キィィエエエエ!!」


 二人よりも高い位置に立つ男が、奇声を上げながらナイフを突き出す。

 目にも留まらぬ連続の突き。

 ナイフの軌跡が、まるで針のように細く輝いている。


 「くッ! なんだいきなり!!」


 この狭い階段では、セシリアの長剣ではその威力を発揮できない。

 細かく動かして盾代わりにするのがやっとだった。


 「マナ! 倒せるか?」


 「わかんないけど!!」


 セシリアの背後から、真愛まなは威力を最大限に絞った火球を生成する。

 ちょっとでも気を抜けば、あっという間に威力と規模が跳ね上がりこの場にいる全員を吹き飛ばしかねない。非常に精密な制御が要求される。


 「く、く……ムズ……!」


 真愛まなの魔法は結果から先に出力される、非常に特異な性質を持っていた。故に、威力の調整などほとんどできないのだ。

 加えて、今の真愛まなの魔力はどういう訳か異様なまでに高まっている。結果として、出力される魔法の威力もその下限が非常に高い位置で固定されてしまう。


 「これくらい……ならッ!!」


 かなり威力を下げた。それこそ虫も殺せないくらいではないかと思うくらいに。

 だが、放たれた火球はそのサイズこそ小さかったが、凄まじい威力を内包して男へと突き進んでいった。


 「ッ!?」


 咄嗟にナイフで防御魔法を展開させるが、効果は薄かった。

 ボールのように跳ね上がって、そのまま壁に激突して意識を失ってしまった。

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