蠢く闇

 キンガイスの街を歩くこと数十分。

 たどり着いたのは、あまり今回の目的とは関係がなさそうな小さな建物だった。


 「ここ、製薬会社みたいだけど……?」


 「ああ、そうだ。ちゃんとここであっている」


 表に掲げられた看板。

 そこに書かれていたのは、ここが新薬を開発する製薬会社だということ。

 だが、この国へと来た目的は勇者を打倒すること。

 それなのに、そんな場所へ来て何をするというのだろうか。


 「話が繋がらない、という顔だな」


 そう言いながらセシリアはポケットから先ほどの新聞紙を真愛まなへと手渡す。

 示された記事。

 そこには、この会社が帝国軍へと技術提供を行ったという内容が載っている。


 「これがなんなの?」


 「こんな小さな、それも民間の一企業が国に対して技術提供など普通はあり得ん。それに、そこまでの技術を本当に新開発したなら、もっと大々的に載せるはずだ」


 つまりは。

 国とこの会社が何らかの研究を共同で行っている、ということ。

 しかし、その繋がりをできるだけ知られたくない。だから、企業側からの技術提供という形で誤魔化しているのだ。それも、できる限り小さな記事で。


 「でも薬でしょ? あーしたちにはあんまり関係ないんじゃない?」


 「いいや。私の予想が正しければ、一番関係が深いはずだ」


 確信があるのか、セシリアは迷いのない足取りで製薬会社の門を開く。

 その姿は堂々としていた。いや、堂々としすぎていた。


 「ちょっ!? なんで正面から行ってんの?」


 「裏から回ろうが関係ない。どうせ来ることはバレているだろうからな」


 その言葉が正しいことを証明するかのように、ゾロゾロと奥から武装をした者たちが現れてきた。

 そう。外部からの侵入者を想定した武装を完璧にした者たちが。


 「対処はやッ!」


 「違う。待っていたんだよ、向こうは」


 言いながら、セシリアは一気に上空へと跳び上がる。

 実際のところ。

 帝国が本気で情報を隠匿しようとするならば、新聞に記事など載せないはずだ。どれだけ小さなものだろうと。それこそ、完璧に勇者の存在を隠して見せたように。

 だが、帝国側は敢えてその情報を載せた。

 それは、共同研究の事実を歪曲させる、だけではない。もう一つ大きな理由がある。

 その答えが、この大勢の武装集団である。


 「はぁッ!!」


 急降下して、一〇〇人近い集団の真ん中へと飛び込むと風の魔法を解放して、まとめて十数人を吹き飛ばす。

 いくら誤魔化しの記事を載せたところで、気が付く者は当然気が付く。あの記事で誤魔化せるのは、政治とは縁のない一般市民くらいだろう。

 少しでも政治と関わっていれば、違和感を感じて当たり前である。

 すなわち。


 「誘いをかけた割には、少々お粗末だな」


 帝国は敢えて記事を載せることで誘い込みをかけたのだ。

 国内外へと知らしめる記事は大々的に。そして、それを見てのこのこやって来た者へは、小さな記事に混ぜ込んだ違和感で。

 セシリアたちがこの国に入ったのも、すぐに察知されていたことだろう。それでもここまでトラブルなしでこれたのは、簡単な理由。

 泳がされていた。

 恐らくは、この国に放った斥候すらも同様だろう。

 見せる情報と、隠す情報。それをコントロールするために。


 「だが、誰がやって来たかまではわかっていなかったようだな」


 剣を横薙ぎに振るって風の斬撃を放つ。

 もはや半数以下にまで減ってしまった兵隊ザコたち。それでもまったく怯むことなく、まるでアリの群れのようにこちらへと向かってくる。


 「チッ……面倒なことだ」


 多少蹴散らせば、すぐに怖気づいて散り散りになるかとも思ったがそのアテも外れたようだった。

 何の躊躇もなく倒れた仲間を踏み越えて迫ってくる姿に、忠誠とは違う何かを感じた。


 「そうか……ここは薬を開発する場所だったな」


 一言呟いて、セシリアは剣を地面に突き刺して魔力を流し込む。

 兵たちはそれにも気を向けずにただただ、手に持った様々な武器を振りかざす。


 「数で押そうなんて、甘い話だと思わないか?」


 誰に問うでもなく、そう呟いてセシリアは剣に込めた魔力を解放する。

 すでに、直撃寸前までに迫っていた武器の群れ。だが、それがセシリアの傷つけることはない。

 セシリアを、正確には手にした剣を中心にドーム状に発生した烈風によって残った兵たちが纏めて薙ぎ払われたのだ。

 まるで、風に舞う埃のようになんの抵抗も出来ずに吹き飛び、地面を転がっていく集団。

 意識を奪われ、もう迫ってくることもない。

 次弾がないことを確認すると、セシリアは再び歩き出した。


 「ちょっとやり過ぎなんじゃないの?」


 「いや、ここまでやらなくては止めようがなかったからな。見てみろ」


 凄まじい威力を見て若干引き気味の真愛まなに、ちょうど足元に転がっていた兵の一人の首元を見せつける。


 「これって……」


 そこにあったのは、いくつもの小さな丸い傷。

 それは、薬物中毒者に見られるような注射痕のようにも思える傷だった。


 「薬を打たれた痕だ。自意識を奪って、操り人形にする。恐らくは身体能力の強化も一緒にな」


 「ウソ……」

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