帝国へ part3
結果から言うと、セシリアが腰からベルトで剣を下げているのは怪しまれる内容ではなかった。
なぜなら、キンガイスの住人のほぼ全てが何かしらの武器を所有していたからだ。
腰から剣を下げた者、背に槍をかける者、珍しい者では二振りの斧を腰に下げる者までいた。
大きさも様々。その中で、セシリアの剣は比較的大型の部類に入るが、それで周囲から浮くことはなく上手く溶け込めていた。
むしろ、何の武器も持っていない
「使わなくとも、持っておくといい」
それがわかっていたのか、セシリアはちょっと大きめのナイフほどの短剣を手渡してくる。
それを腰のベルトから通して、まるで海賊に出てくるようなスタイルで街の者に見えるようにする。
「結構雰囲気が違うものね」
「まぁな。この国は通称、武力の国と呼ばれている。そうしなければ生きていけない事情もあるがな」
緑のない国。
作物による収穫が期待できない以上、そこに住む者が活きる術は戦いしかなかった。
自らを限界まで鍛え上げ、その力によって生を成す。
ある者は傭兵として戦地を転々と、またある者は帝国軍へと入隊して地位を得る。
とにかく、この国では戦いと無縁の者はほとんど存在しない。
直接戦いに赴かない者でも、武器の製造や魔法の研究など間接的に関わっている。
街並みも、クアージャのような多様な業種の店が立ち並ぶ、という様な事はなくほとんどが武器の製造、販売の店舗ばかりだった。
「これだけ同業者がいても、潰し合いにならないのはスゴいわね」
「それだけ需要がある、ということだろうな」
「でも食べ物ってどうしてんの? 話を聞く限りだと、とてもそっち方面は期待できない感じだけど」
ああ、と言ってセシリアは遠くに見える一際大きな建造物を指差す。
それは、形こそ大きく異なるがクアージャにある建造物と同じもの。すなわちスペディア帝国の皇帝が住む城だった。
クアージャの城のような無骨さともまた違う、言うなれば『苛烈』。その言葉が一番しっくりくるような造りの強固な城がそこにはあった。
「あそこで食料は一括管理されている。他国から輸入した食料を均等に分配するんだ。だからこそ、国民すべてが武力を持っていても反乱などが起きないというわけさ」
「なるほどねぇ」
デアマンテは過去の遺恨から交流がないが、他の国とは貿易を行っているスペディア帝国。
輸入するのはほぼ全てが食べ物である。
それら全てを帝国軍が厳しく管理して、国民すべてに平等に行き渡るようになっている。
もちろん、過去に為政者の中に私腹を肥やそうと考えた者がいないわけではない。だが、その
決して超えてはならない不文律。それがあるからこそ、帝国軍は高い忠誠心を持っているのだ。そして、各地に出ている傭兵たちも自国へは決して攻め入らない。
「交流がない割には結構詳しいのね」
「交流がないからこそ、かな」
かつての戦争によって失われた国交。
それ以降デアマンテ王国は常にスペディア帝国に対して監視の目を光らせてきた。
それは、戦争の理由が肥沃な国土にあったから、というのが大きかった。
必ずもう一度仕掛けてくる。ずっとそういわれ続けてきた。
そして、それは当たった。
「それで? あーしたちはあの城へ攻めればいいの?」
「まさか。そんなことをすれば、国際問題になって終わりだ。いくら恰好を取り繕っても、国の上層部には顔を覚えられているからな」
こちらが斥候を使ってスペディア帝国を見張っているのと同じように。向こうもデアマンテ王国を調べている。
国力、兵力、その練度、そして勇者の存在も。
「じゃあ、どこへ行くってのよ。もしかして、考えなしじゃあないでしょうね」
「そんな訳ないだろう。目指す場所はちゃんとある、だがな……」
少しだけ辺りを見回して、考え込むセシリア。
行くべき場所、それは確かにある。だが、それがどこにあるかはわからなかったのだ。
勇者という存在が、急に現れたこと。超大規模な転移魔法が一切気取られずに行使できたこと。
どちらも、斥候に気づかれずに事を運ぶには難易度が高すぎる。
「ふむ……、そうだな」
適当に呟きながら、セシリアは近くの商店に入った。
そこは、この街ではとても珍しい武器を取り扱ってない店だった。
薄暗く、埃っぽい店内。売っている物は主にタバコ。
だが、そんなものにセシリアは興味はない。
手に取った物は、幾枚かの束になった紙きれ。つまりは新聞紙だった。
「ねぇ、そんなの買ってどうすんのよ。それに場所のこと書いてあんの?」
「どうかな。予想が正しければ、恐らくは……おっ、これは……」
そう言って目をつけたのは一つの企業に関する小さな記事。
その企業が帝国へと技術提供を行ったという記事だった。
「ふん……この企業の規模で提供か。なるほどな」
「ちょっと、ちょっと。勝手に一人でなに言ってんの? あーしにもわかるようにしてよ」
「目的地がわかったぞ」
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