帝国へ part2

 「しっかし……相変わらずセシリーの魔法には参らされるわね」


 デアマンテ王国を出立して、一時間ほど。

 風の魔法を利用した、あの移動魔法にそれだけの時間さらされて真愛まなはすっかりグロッキー状態になってしまっていた。

 時間をかけられないのは理解できるが、もう少しこちらのことも考えて欲しかった。


 「すまんな。時間もないし、何より国境を無視した移動だからな。強引に突破するしかなかったんだ」


 大して堪えた様子もなく、セシリアは簡単に持ってきた荷物の確認を行っている。

 今回は秘匿性、機密性の高い事案のためかデアマンテ王国騎士団としての身分が分かるような恰好ではなく、非常にラフな、シャツの上から紺のデニムジャケット、下は黒のデニムジーンズという出で立ちだった。革のベルトに吊られた長剣が異質だが、妙にマッチしていた。

 真愛まなの方も、目立たないようにとセシリアが準備をした簡素なシャツにパーカー、下はスウェットという格好だった。しかし、元居た世界でのような着心地のいいものではない。ゴワゴワと硬かった。


 「ほかに何かなかったの? この服、チクチクしてかゆいんだけど……」


 「仕方ないだろう。あの状況下で用意できるのがそれしかなかったんだ。キミの普段来ているセイフクとやらでは目立つし、かと言って王城まで服を取りに行くことはできなかったからな」


 緊急事態でもあるから仕方ない、とある程度割り切って、真愛まなもそれ以上は文句を言わずに大人しくセシリアの後へと続いた。

 それにしても、と辺りを見回すがどうにもこうにも荒れ地ばかり。赤褐色の光景が広範囲にわたって広がっていて、デアマンテ王国とはかなり異なった印象を受ける。

 その中で、遠くにモクモクと白煙を上げる塀に囲まれた街が見える。それなりに距離がありそうなのに、これだけハッキリと見えることからかなりの規模であることが見受けられる。


 「アソコが目的地ってわけ?」


 「そうだ。スペディア帝国の帝都、キンガイスだ」


 近づいてみると、その威容がよりハッキリとわかった。

 鋼鉄製の巨大な塀がぐるりと都市を取り囲み、その塀にはいくつものトゲが張り出している。

 まるで、子供向けアニメに出てくる悪の要塞のようだった。


 「で? なんであーしたちはこんなとこで隠れているわけ?」


 すぐそばの木陰に身を潜めながら真愛まなが聞いた。

 ここに隠れ始めてすでに二〇分近く。少しでも動こうとすると、途端に止められて状況がわからなかった。


 「まぁ待て。あとほんの少しだ」


 要領を得ない返答で、セシリアは上を見上げたまま。何かをしきりに探している様子だった。

 そして、本当にほんの少しの間を置くと、真愛まなの腕を急に掴んで一気に上空へと跳ぶ。


 「うわッ!?」

 

 虚を突かれて、なにがなんだかわからないまま真愛まなはふわりと、塀に建てられた見張り塔に来ていた。

 もちろん、外部からの侵入者を見張るための施設なのだから見張りがいる。

 だが、その見張りは一瞬何が起きたか理解が追いついていない表情を浮かべていた。


 「うわっ!? なん、ぐぅ……」


 一撃。

 物凄い勢いで殴りつけられた拳によって、見張りの男は一瞬で意識の糸を切られて昏倒する。

 その電光石火の早技に真愛まなは乾いた笑いを浮かべるだけだった。


 「ハハ……流石ね。でも、なんでこの塔だったの? アッチの方が近そうだけど」


 身を屈めながら、真愛まなは隣の塔を指差す。

 そちらの方が、先ほど身を潜めていた木陰からは距離が近く跳んでいくならリスクは低そうに思えた。

 それに対してセシリアは、小さく首を振りながらこう答えた。

 

 「いや、こいつはよそ見をしていたからな。それに両隣の者もこの塔には気を配っていなかった。だからさ」


 「あぁ、なるほど……」


 見張りというものは、外だけを見ていればいいというものではない。

 いくつかの箇所に複数人を配置して見張る場合、その箇所同士を見張る必要もあるのだ。

 近ければ互いに目視で、距離があれば定時連絡等で密に。とにかく、一か所を落とされないように状況を把握しておくことも肝要なのである。

 だからこそ、セシリアはそこを狙った。

 見張りという役目は、必ずどこかで抜けが発生する。何も起こらず飽きてきたり、疲れがあれば眠気だってやってくる。だから交代制になっているし、単独で見張ることはしないのだ。

 だが、この塔は距離が近いこともあって一つの塔に一人しか配置していなかった。

 なので同時に抜けが発生する箇所をセシリアは探していたのだ。気が抜けたり、やる気がない者が立っている場所。そういった箇所が連続している場所を狙ってずっと伺っていたのだ。


 「え、じゃあもしもよそ見してるヤツがずっといなかったらどうしてたの?」


 「決まっているだろう。そうなるまで待つだけだ」


 二〇分程度でよかった、と心から思う真愛まなだった。

 その後は、数を配置してしているからという油断なのか普通に塔からキンガイスへと侵入できた。

 未知の土地。そこを闊歩するには一つ、真愛まなには気がかりなことがあった。


 「ねぇ、そんな剣をぶら下げて、怪しまれないの?」

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