帝国へ

 フローラは苦しそうに頭を押さえながら、慌てた様子で背から淀んだ虹色の光輪を高速で回転させて空高く飛翔した。そして、そのまま遥か彼方へと消えていった。

 その、あまりにも唐突であっけない幕引きに、真愛まなは困惑しきりだった。


 「えぇッ……? どうなってるの?」


 ふと、周りを見渡せば遠くで起きていた爆発も収まっている。

 攻めてきていた、スペディア帝国軍も撤退をしたようである。

 急すぎるにもほどがある、急展開。

 真愛まなはとりあえず、セシリアたちがいるであろう王城へと急ぐことにした。


 「マナ! ここにいたのか」


 王城へと着くよりも先に、セシリアの方が真愛まなを見つけて声をかける。

 彼女の姿は、アチコチに傷があり纏う鎧には焦げも見られる。

 恐らくはかなりの戦闘を行ったのだろう。

 それでも表情には、そういったことを感じさせずに真愛まなを気遣う姿は流石、騎士団の長と言えた。


 「セシリー……お互い大変みたいだね」


 「急にスペディア帝国軍が大挙して攻めてきたからな。だが、同じように急に撤退……というよりも消えてしまったんだ」


 そう。

 いきなり出現して、重要施設を襲撃し始めた帝国軍。

 まさに電光石火。こちらの対処が追いつかない速度で侵攻を進めていた。

 後手後手に回って、ジリ貧に持っていくのがやっとの状況で戦っていた騎士団だったのに、帝国軍は急にその姿を消した。比喩表現などではなく、本当に煙のように消えてしまったのだ。


 「そっちは? 勇者と戦ったんだろ」


 帝国軍と競り合っているときに見えた、一際大きな爆発の連鎖。自身であっても発動できないであろう輝き。

 それらを目にした時、セシリアは「(頼ってしまった)」と自省した。

 あれだけ大きな口を叩いたのに、結局こちらも勇者を頼らなければならない。


 「すまんな……結局キミに嫌な思いをさせるだけだった」


 「ちょ、ちょっと……頭、上げてよ。別にあーしはそこまで気にしてないって」


 深く頭を下げたセシリアに慌てた様子の真愛まな

 あの状況では、戦う戦わないなどと言っていられなかったし、戦ったからと言ってセシリアのことを責めるつもりもなかった。

 だいたい、そんなことよりも真愛まなには気がかりなことが一つあった。


 「あーしの方も、向こうの勇者が途中でどっか行っちゃったのよねぇ。別に、向こうが不利って感じでもなかったのに」


 「そうなのか? てっきりマナが勇者を倒したから撤退をしたのかと思ったが……」


 「うーん……ま、でもなんか苦しんでいた感じだったかな? 時間がどうこうとか言ってたし」


 「そうか……」、と真愛まなの言葉で考えに耽るセシリア。

 数多くの兵を一瞬にして送り込めたのは、恐らくは転移魔法。

 それも、国土を丸ごと魔法陣にしたような超大規模なものでなくては説明がつかない。

 それだけの規模の魔法を可能にしたのは、勇者によるもの。

 そして、その勇者が「時間切れ」という言葉と共に逃げるようにして去っていった。


 「マナ、あんなことを言っておいてなんなんだが、一緒にスペディア帝国に行ってくれないか?」


 セシリアには、ある一つの仮説が浮かんでいた。恐らく十中八九当たっているだろう。

 そして、それが真実なのだとしたら、自分一人では対処しきれない。


 「あーしは構わないけど、いいの?」


 「私や騎士団では絶対に不可能なんだ。誰でもない、キミでなければ不可能なことだ」


 乗り気ではない。

 表情がそう言っていた。本心では騎士団だけで何とかしたい、だけど頼らざるを得ない状況に、セシリアは心底自己嫌悪していた。真愛まながいてくれたことを幸運に思ってしまうことにも。


 「ふーん……そうなんだぁ。セシリーは、あーしがいないとダメなんだぁ」


 なぜかニヤニヤしながら噛みしめるように頷く真愛まな

 クリクリとした綺麗な瞳がいたずらっぽく光る。


 「まぁ? セシリーがどうしてもって言うなら、あーしは一緒に行ってあげてもいいけど?」


 「助かるが……なんか引っかかる言い方だな」


 「まぁまぁ、気にしない気にしない。それよりもいつ行くの? 二、三日はかかるかしらね?」


 当然準備もあるだろう。今の戦いでの報告だってしなければならない。

 騎士団長リーダーという立場を考えれば、それなりの時間は必要だろうということは真愛まなにもわかってきていた。

 だが、それに対する返事は全く想像もしていなかった。


 「いいや。最低限準備したら、すぐにでも出発する。そうだな……遅くとも二〇分以内には出るぞ」


 「ええッ!? マジで言ってんの? だって報告とか、いろいろあんでしょ……?」


 「これは時間との勝負だ。いつまた次の侵攻が始まるかわからないからな。それに……二人でスペディア帝国に乗り込むなんて、王女殿下がお許しになると思うか?」


 絶対に許さない、とは思った。

 王女として、この国を守らなければならない状況下であっても自分を戦争に巻き込むことを良しとしなかった彼女。

 そんな彼女が、国の騎士団長リーダーが自分を連れて二人で敵国に乗り込むと聞いて首を縦に振るはずがない。


 「ふぅん。でも、あーしそういうのキラいじゃあないかな」


 その日。

 デアマンテ王国では騎士団長リーダーと勇者がそろって行方不明になったということで、大騒ぎになった。

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