ぶつかり合う力 part2

 「な、何を言っているんだ!?」


 「だから……あーしがあのコ、向こうの勇者と戦うって言ってんの。そもそも、みんなが戦ってる中であーしが指くわえて見ると思ってんの?」


 少々ムカッ腹が立った。

 セシリアたちの気持ちも理解はできる。魔物とは違う、人間同士の戦争に困惑していること。もう一人の勇者のこと。だから、自分のことを思って、戦いから遠ざけようとしてくれていること。

 それでも、仲間だと思っていた。

 確かに望まない戦い。だとしても、大切な人たちが困っている状況で知らんぷりを決め込むような冷たい女のつもりはなかった。

 

 「前も言ったけど、あーしだって勇者なんでしょ? セシリーや王女サマが困ってんのに、ほっとくわけないわよ」


 「気持ちは嬉しいが、相手は人間だぞ? いざというときに相手の、人間の命を奪えるのか?」


 セシリアはわかっていた。

 真愛まなは、態度こそ少々軽薄な面はあるがとても心根は優しく、気高い人物。『勇者』という称号に相応しい、高潔な人間であることが。

 だから、今回のことだって手を貸してくれることは容易に想像できた。たとえ、自分が傷つくことになっても、それでも手を貸すであろうことが。

 それに、真愛まなの故郷は戦いとは無縁……ではないにしても、少なくとも真愛まなとは遠い世界の話であることは会話の端々から感じていた。

 人同士に限らず、戦いの中に身を置く者特有の危機感。そういったものが真愛まなからは一切感じなかったのだ。

 必ず明日がやってくる。今日と変わらない日常を送ることが出来る。

 それがわかっていたからこそ、彼女を戦争から遠ざけたかったのだ。


 「……悩んでいるな」


 自身の言葉に、上手く二の句を継げない真愛まなを見てセシリアは、敢えて突き放すような言い方をする。

 やはり、と思った。

 戦いの中に身を置いていないため、命が奪われるだけじゃない、相手の命を奪う考えがない。

 『戦争』とは読んで字のごとく、戦い争うことである。

 必要があれば、相手を殺さなくてはならない。そこにどんな事情があろうと、それを無視して剣を突き立てなくてはならないのだ。


 「気持ちは嬉しいがな、そんな半端な覚悟ではかえって迷惑だ。そんな奴を作戦には組み込めない」


 「く……でも、相手は勇者でしょ? あーしが戦う以外に、他にどうやって……」


 「大した思い上がりだな」


 冷たく放たれた言葉に、真愛まなの顔がハッとする。そして、とても悲しそうな表情へと曇っていく。

 だが、それを見てもセシリアは言葉を止めなかった。


 「自分が少し特別な力を持っているからと、調子に乗っているんじゃないか? 勇者? 確かに強力な相手だな。だが相手だって人間である以上、付け入る隙はいくらでもある。手段さえ問わなければ、キミの力を借りずとも殺す算段はつく」


 「そう……ならいいわ。勝手に会議に乱入して悪かったわね。戦争でもなんでも好きにやってちょうだい」


 瞳を赤く潤ませながら、真愛まなは部屋を後にした。

 それを見て、後味の悪い物を感じながら、セシリアは努めて冷静に自身の姿勢を正す。


 「申し訳ございません。少々、熱くなってしまいました」


 「ごめんなさいね。貴女に嫌な役回りを押し付けてしまって」


 そう言って、頭を下げる王女アルメリア。

 そして、勇者が去った後の扉を見ながら何か言いたげな貴族派の者たちへと毅然としてこう続けた。


 「いいですか。今の一件に対して、騎士団長リーダーに何かを言うことは王女の名に於いて許可いたしません。私も、きっと彼女に同じことを言ったでしょうからね」



 クアージャの中心街。様々な商業施設な立ち並ぶ中、ぽっかりと開いた広場。いくつかのモニュメントと中央に噴水が設けられたその広場に真愛まなはポツンと立っていた。


 「チェッ……何よ何よ。人がせっかく助けになりたいって言ってんのに、あんな態度取ることないじゃない……!」


 小石を投げ込まれた噴水。その水面が揺れて、映った自分の姿もユラユラと揺れている。

 それが今の自分の心情と重なって、余計に心が重くなる。


 「あーあ……どうしよう。勝手に戦うのがダメなのは流石にあーしでもわかるしなぁ……」


 「別にいいんじゃないか? キミがこの国で一番強いんだろ?」


 気がつかなかった。

 ハッとして振り向くと、そこにいた。


 「アナタ……!」


 とても長いプラチナブロンドの髪を一つに束ね、深い紺色のローブに身を包んだ身長一五〇センチメートルほどの少女。すなわち、『勇者』。

 スペディア帝国の、もう一人の勇者がたった一人で真愛まなの目の前に立っていた。


 「ワタシがここにいる理由……流石にキミでも理解できるよな?」


 言葉と同時に放たれたのは、灼熱の斬撃。

 真っ赤に燃え滾る刃が大気を焼き焦がしながら、真愛まなごと均一に整えられた石畳を粉砕する。


 「くッ……!! 随分といきなりじゃない? もう少し、いろいろあると思ってたけどッ!!」


 「ほう……これを耐えるか」


 手から碧い火焔を噴射させながら、斬撃を受け止めた真愛まな

 揺らめく陽炎の向こうで、勇者フローラがどこか楽し気に笑っている。


 「本当はもう少し楽しみたいところだがな……!!」

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