ぶつかり合う力

 破壊的な威力の爆炎がデアマンテ王国首都『クアージャ』の中央広場を襲う。

 モニュメントが一瞬で無残な鉄クズへと変わり、辺りは瓦礫と粉塵にまみれる。


 「一方的すぎるな……」


 背から淀んだ虹色の光輪を輝かせながら宙に浮く『勇者フローラ』が呟く。

 手にした片刃の剣からは、背と同様に淀んだ虹色の光が纏っている。


 「チッ……空を飛べるってのは、ちょっとズルじゃない?」


 圧倒的な破壊の中でも、無傷で立つ『勇者真愛まな』は宙を自在に舞うもう一人の勇者へと毒づく。

 一応、彼女も風属性の魔法による飛行自体は可能なのだが、まだ上手く制御が出来ていない。発生する風の渦が強すぎて、あらぬ方向へと飛び去ってしまうのだ。その場で、ホバリングの要領で制止するなんてとてもまだ無理だった。

 なので、どうしても戦い方が二次元的にならざるを得ない。

 それに対して、宙を自在に翔けながら攻撃ができるフローラは、縦横無尽の方向から攻め立ててくる。立体的な攻撃の前では、一手足りなくなってしまうのだ。


 「キミだって勇者なんだろ? もう少しできると思ったよ」


 「そうね。あーしも、もう少し喰い下がれると思ってたんだけどね……」


 短く交わされる言葉の合間にも、矢継ぎ早に繰り出される魔法の応酬。

 そして、遠くから響く爆発音。それも、いくつもの地点から同時多発的に聞こえてくる。


 スペディア帝国による大規模な首都侵攻。


 ほんの数刻前に行われたその蛮行は、すでにかなりの被害が発生していた。


 「(さっきまで、普通にしていたってのに……!)」


 ――遡ること、一時間ほど前。

 スペディア帝国から勇者の喧伝が行われてから二日が経過していた。

 デアマンテ王国は件の勇者への対応に追われて非常に忙しなく、かつ剣呑な雰囲気に包まれていた。

 王女も、それを補佐する従者たち、もちろん騎士団長リーダーであるセシリアもピリピリしていた。

 なにせ、スペディア帝国がとても広く勇者の存在を公表したため国民のほとんどがそれを知ることとなった。

 まずかったのは、デアマンテ王国の方は勇者の存在を秘匿としたこと。

 最初こそは、勇者の存在を広く知らしめ希望としようと考えたが、ドルの一件もあり結局はその存在は公にはしないことにした。

 今更、「自分の国にも勇者が存在します」などと言っても、ただのサル真似にしか思われない。いくら、こちらの方が早かったと主張しても無意味だろう。

 スペディア帝国に放った斥候によれば、かなり大規模な軍隊がすぐにでも侵攻を開始しそうな状況。恐らくは、その情報すらも意図的に漏らしているに違いない。

 対応に急ぐ動きから、攻め入る絶好のタイミングを推し量っているのだ。


 「どうします? もはや一刻の猶予もありません。すでに暗殺が出来る状況ではないでしょうし……」


 対応を協議する席で、宰相が暗い顔で漏らす。

 ドルに代わって新たに任命されたこの宰相。前任と違って、裏切るような心配はないのだがいかんせん対応能力に欠けるきらいがあった。言ってみれば長い物に巻かれる、事なかれ主義。政治のトップを務めるにはいささか役不足とも言えた。


 「勇者がどう動くかが戦局のカギだが……」


 一手で戦場を大きく動かすことが出来る力である勇者。

 それがどのような行動を取るかによって、そしてそれに対してこちら側がどう対処するかによって勝てるかどうかが変わってくる。


 「どのみち、こちら側の勇者殿に任せるしかないのでは……?」


 「それはできる限り避けるべきだ」


 宰相の言葉に反対の意を唱えるセシリア。

 確かにデアマンテに来訪した勇者――四条真愛しじょうまなの力をぶつければ戦況はイーブンに持ち込める。

 だが、それではスペディア帝国と同じ。勇者という存在を、ただの力としか見ていない。


 「マナの意思を最大限尊重するべきだ」


 「しかし、それでこの国が滅びてしまっては意味がありませんぞ」


 「いいえ。勇者殿の、マナ殿の御助力は彼女の意思に任せます」


 貴族派――即ちデアマンテ王国の政を主に取り仕切る者たちへとピシャリと言い放ったのは王女アルメリア。

 国を治める彼女にとっても、勇者の力が占めるウェイトは非常に大きいはずだが、それでも勇者を力でなく、人として扱うことを徹底する。


 「もともと、彼女がこの国に来訪したのは完全なイレギュラー。それを頼りにするのは、自国の脆弱さを自ら露呈させているのと同じです。我々だけの力でスペディア帝国とも戦えなくては、どのみち未来はありません」


 「向こうの勇者への対処は私が請け負う。もちろん状況に合わせて動く必要はあるが、基本的には私にぶつけてくれればいい」


 半ば強引ではあるが、セシリアは貴族派の連中を黙らせるためにそう言った。

 勝てる見込みはあまりない。しかし、そうでも言わなければ無理やりにでも真愛まなを戦いに巻き込むことを押し通しただろう。

 真愛まなはこの国の、この世界の住人ではない。死んだとしても、何か国に発生する責任というものは特にない。

 だからこそ、セシリアはそんな真愛まなを都合よく消費させられることは避けたかった。

 しかし――


 「あーし抜きで、いろいろ勝手言っちゃってくれてんじゃん?」


 「マナ!?」


 「あーしに任せてくれるんだったら、あのコとはあーしが戦う」

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