皇帝の悪意
窓のない部屋。
だが、その部屋は昼間の屋外よりも明るかった。
人工の光によって照らされた、無機質な空間。
そこに、『勇者』はいた。
「勇者様、今後はなるべく外出はお控えください」
「私に命令できる立場か? お前が」
スペディア帝国の
名前はフローラ。
帝国に勇者として喧伝され、また軍事力として利用される立場にある天才中の天才。
だが、本来ならば彼女は『ここ』にいるべき人間ではなかった。
「皇帝の命にございます。平にご容赦を」
フローラは王族や貴族の出ではなかった。
単なる平民。それも、それなりに発展している帝都でなく、かなり外れの地方民だった。
それが、いきなり「今日から勇者として生きる」などと言われても、無理な話だった。
だが、それでも勇者として帝都まで赴き、ロベルトのような下賤な輩とも一緒にいるのはひとえに家族のため。
帝都であっても常に食料が不足気味のスペディア帝国。それが、そこから外れた地方であれば言わずもがな。
小さな弟と妹がいるフローラには食べ物、もしくはそれを手に入れるための金が必要だった。そして、それを略奪者から守るための力も。
「自由は保障されているのではなかったか?」
「申し訳ございません。そうも言っていられない時期にきた、ということでございますので」
「はぁ……、あの女が勇者なんだろう? あまり気が乗らんな」
デアマンテ王国で出会った、もう一人の『勇者』。
碧い火焔を拳に纏わせた、どこか異質な雰囲気を持った少女。
勇者として利用される自分とは違う、本当の『勇者』。
それと戦う――ひいては殺さなくてはならないのは非常に心苦しかった。
いくら武力の国とは言っても、あまりに身勝手な行為。
「どうしてもあの少女……いや、あの国を落とさなくてはならないのか?」
「何をいまさら……、アナタの方がこの国の苦しい実情を理解しているでしょうに」
「む……」
デアマンテ王国が擁する肥沃な大地。
美しい緑と、それによって齎される豊かな恵み。
荒れた大地である、自身の国とは真反対。
あれが手に入るのであれば、確かに暮らしは大きく改善する。
「彼の地を手に入れることは、先代の皇帝よりの悲願にございます。そのためにアナタ様の御力が必要不可欠なのです」
「あぁあぁ、わかったよ。とにかく、ワタシは勇者と戦えばいいんだろう?」
「ええ、よろしくお願いいたします。その後は、こちらに万事お任せください」
わざとらしく恭し気に跪いて、部屋を後にするロベルト。
その後ろ姿を睨みながら、小さく舌打ちをするフローラ。
「(何が勇者だよ……)」
ロベルトもロベルトで、部屋を後にしながら内心で勇者に毒づいていた。
「(小娘風情が生意気な口を聞いてくれる……、勇者とは言え所詮は利用されるだけの女。大人しく言うことを聞いていればよいものを)」
そんなことを考えながらロベルトは城の最奥、この国の主が座する部屋へと向かう。
「皇帝陛下、準備抜かりなく進んでおります」
フローラの前でする、見せかけの忠誠とは違う。一切の虚飾なく、跪き頭を垂れる。
その内にあるのは、恐怖だった。
「そうか。ちゃんと結果を出せばそれでよい」
派手で豪奢な椅子に、無造作に腰掛けて頬杖をつきながら呟く、若い男。
年のころは二〇代前半くらい。年にあまり似つかわしくない、筋肉質な体を惜しげもなく見せる格好。
銀色の髪を短く整えた端正な顔立ち。
それが、この国を治める若き皇帝の姿だった。
「それで? 勇者の様子はどうだ」
「はい……、やはりあまり気は進まない様子ですが、陛下の命には逆らうことはないでしょう」
勇者を利用することを考え出したのは皇帝の案。
半ば家族を盾に取り、命令に背けないような状況を作り出す手腕。
さらには、実の父にあたる先代の皇帝すらも簡単に追い落として、そのうえ躊躇なく粛清してしまう冷徹さ。
「ならばいい。デアマンテを手に入れるには、アレを使うのが一番手っ取り早いからな」
手っ取り早い。
皇帝はそう言った。
それは、勇者がいなくともデアマンテ王国を落とすことが出来るということ。
「どうした? アレに情でも移ったか?」
「あ……いいえ。そういうわけでは……あの、一つだけよろしいでしょうか?」
ふと気になって、ロベルトは皇帝に一つ質問をした。
「確かにあの国を手に入れるのは先代よりの悲願ではあります。しかし、なぜ今なのでしょうか? なぜ、あの国で伝説となっている勇者が出現した、この状況で……」
その言葉に、若き皇帝は楽し気に笑いながらこう言った。
「ぁあ? ハハ……なんでって、その方が面白いからに決まってんだろ」
「面白い……?」
「ああ。アイツらは勇者を手に入れて、完全に油断している。聞けば、騎士団と協力関係にあるんだろう? だから、ほかの国から攻め入られるなんて考えていない。それを完膚なきまでに叩き潰せば、ヤツらを屈辱と嘆きの汚泥に沈めることができる。それは最高に楽しいだろ」
あまりにも残酷で冷酷な皇帝の言葉に、ロベルトはただただ戦慄するのみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます