王国動乱 part7

 ――『スペディア帝国』

 それは、この世界に於いて最大版図を誇る大国。

 だが、その領土の大きさに対して、人が住める地域はさほど多くない。理由としては、国土の大半が荒涼の地であることが上げられる。

 草木がほとんど生えず、崩れやすい砂岩で主に構成された地では住居を建てることもできない。

 よって、繁栄しているのは首都近郊のみである。

 なので、国民はみな苦しい生活を余儀なくされていて、それ故に非常に苛烈な性格――もっと言えば好戦的な者が多い。

 

 『力こそが正義』

 

 それがスペディア帝国に於ける絶対の真理。

 それは正規軍である帝国魔道軍であっても変わらない。むしろ、魔道軍の方がその傾向が強かった。

 魔法の研究を重ね、有益な軍事力として積極的に取り入れている。流石に、禁忌とされている闇魔法にまでは手を出していないが、それでも危険な方法で魔力の強化を図ることを厭わない。

 今でこそ、表立った行動はないが過去にはデアマンテ王国とも大規模な戦争を行ったこともある。

 そういったことから、スペディア帝国のことは『軍事の国』と呼ぶ者も多くいる――


 「まぁ、そんな国だから勇者の力を手に入れれば、確実に武力として利用する。そうなれば、また大きな戦争になるかもしれない。いや、もうなりかけていると言ってもいいだろう……ってちゃんと聞いているのか?」


 あまり、社会科目は得意とは言えない真愛まな

 思いがけず授業のようになってしまった話に、少し飽きが来ていた。

 退屈そうに窓から景色を見ていたら、呆れたような声をかけられる。


 「はぁ……、マナも勇者だろう? 自分と同じ存在が現れたことに焦りとかはないのか?」


 「うーん……あーしとしては、別に勇者が何人いたって別にって感じだけど。まぁ、戦争になるのはちょっとヤかな」


 そもそも、自分が『勇者』であるという自覚もあまりない。

 別に、何か証拠を持っているというわけではないし、そういった血筋というわけでもない。

 ただ単に、あくまでこの国の人たちが真愛まなのことをそう思ってくれているに過ぎない。

 もしかしたら自分は偽物で、この写真の中の少女こそが本物ゆうしゃなのかもしれないのだ。


 「大規模な戦争はどうか分からんが、恐らくこいつとは戦うことになるだろうな……」


 言いながら、セシリアは写真の少女を睨む。

 どこかつまらなそうにしながらも、剣を構える姿が印象的だった。

 デアマンテ王国と交流がなくなって久しく、セシリアも実際にあの国の地を踏んだことはない。

 だが、それでも様子を探らせている斥候の報告を聞く限りでは、未だにスペディア帝国は他の国への侵攻を諦めてはいない様子だった。

 そこへ来て、今回の『勇者』の一件。

 向こうが、真愛まな――こちら側の勇者のことを知らないはずはない。

 湖では正体を自ら明かすことはない、と止めたがそれも焼け石に水だろう。

 詳しい目的こそ聞けなかったが、一つには同じ勇者を見に来たと考えるのが普通である。


 「いかがいたしましょう? 秘密裏に暗殺、という手もありますが……」


 その言葉に、少なからずショックを受ける真愛まな

 まさか、セシリアの口からそんな言葉が飛び出るとは思わなかったからだ。

 品行方正。真面目で勤勉。ちょっと疲れるくらいに真っ直ぐな彼女の口から、まさか暗殺、しかも特に何かをしてきたわけではない、ただ勇者だと言われているだけの少女をだ。

 だから、口を挟むべきではないと思いながらも、つい言葉が出てきてしまった。


 「それは、あーし反対だな。別にそのコ何をしたわけでもないじゃん? それなのに、いきなり殺しちゃうなんてちょっとヒドくない?」


 「わかってはいる。だがな、今回は事が事だ。勇者の力を武力として振るわれたら、こちらは壊滅しかねない」


 実際に目の当たりにした『勇者の力』。

 圧倒的かつ、洗練された実力。

 魔法の才だけで言えば、真愛まなだって負けてはいない。どころか、恐らく上をいっているだろう。

 だが、その練度があまりにも違い過ぎた。

 言ってみれば、バケツと口を押えたホース。どちらが遠くまで水を飛ばせるか、ということ。

 水量で言えばバケツの方が圧倒的に多いが、ホースの方が水を遠くへ、さらに鋭く飛ばすことが出来る。

 あれでは、いくら真愛まなの魔法が優れていても勝つのは難しいだろう。

 もっと言えば、真愛まなはそもそもこの世界とは無関係の人間。国同士の諍いに巻き込むのは気が引けた。


 「あ、もしかしてあーしを戦争に巻き込むのはヤだなーとか考えてんでしょ?」


 考え込むような顔になっていたセシリアに、言い当てるように真愛まなが指をさす。


 「戦争は確かにヤだけど、それでこの国が、セシリーたちが傷つくのはもっとヤだからね。無関係とかそんなつまんないこと言いっこなしよ」


 もちろん、人間同士の戦いなどしないに越したことはない。

 だが、そう言って、目の前で大切な人々が傷ついて倒れるのを見るのは絶対にゴメンだった。

 覚悟が出来ているか、と言われれば多分違う。

 それでも、自分の大切なものを護るために何かをしたいという想いだけは確かだった。


 「あーしだって、勇者なんでしょ?」

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