王国動乱 part6

 それを聞いたとき、最初は自分が呼ばれているのだと勘違いしてしまった。

 だから――


 「な……むぐ!?」


 返事をしそうになるのは自然な流れ。

 それを、セシリアが急に口を塞いで止める。

 もちろん、いきなりそんな奇行を見せれば訝し気な視線を送られるもの。


 「何をやっているんだ?」


 「いや、なんでもない。それよりも、勇者とはキミのことなのか?」


 その質問には、少女を勇者と呼んだ者が代わりに答えた。

 現れたのは、華美で豪奢なローブに身を包んだ男。

 手には、これまた派手な装飾を施され、悪趣味とも思える杖を握っている。


 「そのお方は、間違いなく伝承の勇者様その人でございます。デアマンテ王国騎士団、騎士団長リーダーセシリア様」


 「きさ……いや、貴殿は確かスぺディア帝国の……」


 「はい。ワタクシ、スペディア帝国魔道軍、軍団長マスターロベルトにございます」


 スペディア帝国。

 この世界に存在する、デアマンテ以外の国。

 真愛まながいた世界にも、当然真愛まなが住む国である日本以外にも様々な国家が存在している。

 だから、この世界にもデアマンテ王国以外が存在していても不思議ではなかった。

 でも何となく、他の国はないものだと思い込んでいた。

 だから、こうして他国の者を見るのは不思議な感覚だった。


 「それで? なぜスペディア帝国の軍団長マスター殿がこの国へ? しかも、伝説の勇者様とやらまで引き連れて」


 それなりの立場の人間が、他国を訪れる際はそれ相応の対応が求められる。

 それは何も、訪問先の人間だけではない。

 訪問する側にも、守るべき礼儀というものがある。

 きちんと訪問の日時や目的などを前もって伝えておかなくてはならないはずである。

 それを無視して来訪しては、侵略目的と捉えられてもおかしくはない。


 「わざわざ秘密裏に来たのです。それをお話しするとお思いで?」


 そう言って、杖を一瞬光らせた。

 時間にすれば、〇.一秒にも満たない瞬間。

 その僅かな間で、ロベルトと少女の姿は湖から消えていた。

 後には、巨大魚の骸だけが横たわっている。


 「なんだったの……?」


 「まずいな……すぐに城へ戻るぞ」


 どのみち釣りどころではなくなったから、戻ることは別に構わないのだがセシリアの慌てようには真愛まなも舌を巻くほどだった。

 来るときに使ったバスではなく、自身の風魔法を駆使して時速三〇〇キロを超える速さで帰路に就いたのだ。

 当然、それに付き合った真愛まなにはたまったものではないが。


 「はぁ……はぁ……、なんでそんなに急いでんの?」


 「何を言っているんだ、勇者だぞ。伝説の勇者が、キミのほかにもう一人現れたんだ」


 言いながら、セシリアは王城の奥。謁見の間の扉を開く。


 「王女殿下。私、セシリアより火急の議案が……」


 「おお、セシリア。よく来てくださいました。ぜひ聞いていただきたい話が……」


 二人はそこまで言って、互いに顔を見合わせる。

 考えていることは同じこと。付き合いも長いのでそれがわかった。


 「今朝がた、スペディア帝国でこのようなものが発行されたのです」


 従者が手渡してきた紙。

 それは、見たところ新聞紙のようなものだろう。様々な情報が文字と写真で掲載してあった。

 そして、一番目を引く情報。それは、もちろん――


 スペディア帝国に勇者降臨!!

 無敵の魔力を有した少女が勇者として、魔導軍と合流。


 文字が大きく踊り、もっと大きな写真が掲載してある。その写真に写る少女は、先ほど湖で出会ったあの少女だった。


 「へぇ……あのコ、ホントに勇者なのね」


 「ええッ!? その人物にあったのですか?」


 思わず身を乗り出す、王女アルメリア。

 この国を治める彼女にとっては、今の状況はとてもまずかった。なので、どんな些細なことでも情報が欲しかったのだ。


 「え、ええ……」


 「で、どのような者でしたか? 危険な思想を持っているとか、凶暴性が高いとか、そのような不穏な様子はありましたか?」


 あまりの迫真ぶりに、真愛まなは思わず後ずさる。

 今まで何度か顔を合わせる機会はあったが、ここまでグイグイ来るのは初めてだった。


 「いや、別にそんなヤバいヤツじゃあなかったけど……」


 先ほどのことを思い返しても、特段危険な人物とは感じなかった。

 むしろその逆。とても大人しそうな雰囲気を真愛まなは感じていた。

 それよりも、真愛まなにはわからないことが一つあった。


 「……てか、なんでそんなに勇者が現れるとヤバいの?」


 そう。

 皆がみな、『勇者出現』をとても危険視していた。

 真愛まなだって勇者だというのに、別の国に現れた方を非常に恐れていた。


 「勇者が複数人、この世界に現れたのも不可思議ですが、それ以上にあの国に現れたのが危険なのです」


 そう言ったアルメリアの表情は暗かった。

 スペディア帝国。

 新聞に書かれたその国は、一国の王女をそこまで追いつめるほどに危険な国なのだろうか。

 

 「ねぇ、そのスペディア帝国ってそんなにヤバい国なの?」


 隣に立つ騎士団長リーダーへと真愛まなは質問してみる。

 何を今更、と言いたげな顔だったが、セシリアは思い直したように答えてくれた。


 「そうか。マナはまだあの国のことをよく知らなかったな」

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