王国動乱 part4

 まるで嵐が起きたようだった。

 真愛まなの竿にかかった獲物は、激しく抵抗して水面を大きく揺らす。

 魔力による身体能力強化を行っていなければ、あっという間に水中に引き込まれていただろう。


 「うぉおお!?!? なにが釣れたっていうのよ! サメ? マグロ?」


 よくもまあ、折れないものだと感心してしまうくらいにしなる竿。U字に湾曲しながらも、未だ巨大魚との格闘を成立させている。


 「ちょっと、セシリー……この湖には、こんなデカブツいるって聞いてないけど!」


 「おかしい……こんなサイズの魚が生息しているなんて聞いたことがない。マナ、竿を捨てろ!!」


 ヤバい、と直感で感じたセシリアは、何とか獲物を引き上げようと奮戦する相棒に叫ぶ。

 持ってきた釣り竿は、結構な高級品だがそんなことは言っていられない。

 だがその時、今まであれだけ張りつめて、竿をしならせていた糸がフッと緩む。

 切れた、と二人は最初思ったが、それは違った。

 張りつめ過ぎて限界を迎えたのではない。むしろその逆。

 水中の獲物が、こちらへと近づいてきたために糸が緩んだのだった。


 「げっ!? なに、コイツ!!」


 「な、なんて大きさだ……!」


 超巨大な魚――というよりかは、見た目はヘビに近かった。魚類ならば、ウナギやウツボといった長い体を持つものが近いだろうか。

 水上に出てきても、まだ半身以上が水中にある為全長がわからない。出ている範囲だけでも一〇メートル近くはあるというのに。

 体をビッシリと鱗で覆い、その上からヌメヌメとした粘液が滴っている。

 瞬きを一切しない、何を考えているかわからない瞳をこちらへと向けながら、歯のない口を大きく開く。


 「来るぞッ!!」


 巨体が、二人がいた地面へと叩きつけられた。

 単純な圧し潰し。だが、そのサイズは一〇メートルにも及ぶ。

 圧倒的な破壊力が、地面を揺らして大きくへこませる。


 「ひぇ……あんなのに潰されたら、ミンチどこじゃないわね……」


 「言ってる場合か! 次が来る!」


 その生態は両生類に近いのか、地上でも変わらずに体をくねらせながら開いた口を真愛まなへと向ける。

 その巨体からは考えられないような速度で距離を詰めると、丸呑みにしようというのか覆いかぶさるように攻める。


 「コッチがエサになるつもりは、ないってェの!!」


 口が閉じられる瞬間。

 真愛まなは、魚の下顎を思い切り殴りつけてその動きを止める。

 苦痛で身を捩じらせた隙に、距離を取るとその手に灼熱の火焔を纏わせる。


 目の覚めるような、美しい碧い火焔。

 炎をそのまま宝石にしたらこうなるのでは、と思わせるその碧焔は真愛まなの手の中で渦を巻きながら火球へと変わっていく。

 真愛まなの扱う炎は、以前から他とは一線を画す強力な火焔であった。

 だが、ここまで美しい――ある種異質な炎へと変わったのは本当にごく最近。ヒドラとの激戦を制してからだった。


 「焼き魚にでもなりなさいッ!!」


 手から離れた火球は、彗星のように尾を引きながら凄まじい速度で魚の腹へと突き進む。

 命中して、爆発と炎上を起こす火球。

 だが、その見た目の派手さとは裏腹に魚自体へのダメージは大きくないようだった。


 「くッ、威力の制御がまだ難しい……!」


 ドロりとした粘液に覆われている、というのもあるがそれ以上に、今の真愛まなではまだ碧焔を完全に制御できていなかった。

 周囲を焦土に変えるほどの威力で撃つか、ほとんどダメージにならない威力で撃つかの二択になってしまう。

 今の一撃でも、かなり制御が上手くいった方である。一歩間違えれば、この湖ごと干上がらせていたのは想像に難くない。


 「その魔法はまだ使うな! こいつは私が何とかする」


 慣れない力に翻弄される真愛まなをサポートするように、セシリアが間に立つ。

 しかし、今日は戦闘するつもりはなかった。

 つまり、一切装備をしていない。

 今日の出で立ちは、屋外活動用のメイド服。

 動きやすいのは確かだが、戦闘には全く向いていない。


 「それでも……ッ!!」


 手に持つのは釣り竿が一本だけ。

 それで一〇メートルを超える巨体に挑むのは正気の沙汰ではない。

 だが、セシリアは迷うことなく向かっていった。

 竿に魔法陣を走らせ風を纏わせると、そのまましなりを付けて思い切り振りかぶる。

 高速回転をした風が円盤状になって竿から放たれた。

 

 「その巨体では使う意味もないかもだが……ッ!!」


 烈風のチェーンソーは、魚の眼前で急に軌道を変えて、跳ね上がったかと思うと一気に急降下していく。

 まるで、釣りの際にルアーを巧みに操るかのように。

 そう。

 セシリアが持つのは『剣』ではなく『釣り竿』。

 竿先からは糸が伸びている。そして、その糸の先には風のチェーンソー。

 複雑な軌道は、それによって生み出されたものだった。


 「これなら……なッ!?」


 急降下して、魚の頭部を直撃するチェーンソー。

 高速回転する風の刃は、ヌメヌメとした粘液を弾き飛ばしていくがそこまでだった。

 次から次へと分泌される粘液の前に、刃がその下まで届かなかったのだ。

 やはり戦闘用にあつらえた物とは違う、単なる釣り竿。武器として使うのが土台無理な話だった。


 「ちょっと、ヤバいかもね……」


 真愛まながそう呟いたとき、空の彼方が一瞬煌めいた。

 次の瞬間、魚の巨体が真っ二つに斬り裂かれていた。

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