王国動乱 part2

 「暑っつぅ……、どうなってんの? この間まで過ごしやすかったのに……」


 うだるような暑さの中で『四条真愛しじょうまな』が、恨めしそうに照り付ける太陽を睨む。

 手元のスマホへと視線を落とせば、そこには現在気温『三七度』という絶望的な数字が踊っていた。


 「くっ、見るんじゃなかった……」


 萎れた青菜のようになりながら、真愛まなはスマホを制服のポケットに突っ込んで歩き出す。

 これだけ暑いならば、どこか適当なコンビニか喫茶店にでも避難してクーラーという文明の利器で涼を取るのがいつものお約束なのだが――


 「まぁ、この世界にコンビニなんて、ましてやクーラーなんて気の利いたモンないよね……」


 スマホの代わりに取り出したハンカチで額の汗を拭きながら一言呟く。

 今日日、どれだけ田舎だろうとちょっと歩けばコンビにくらいはあるし、ましてやクーラーなどどこにでも設置してありそうなものだが、それがない。

 なぜなら、今真愛まながいるのは、田舎などと言う生易しい場所ではなかった。

 

 『異世界』。


 そう呼ばれるべき世界へと真愛まなは来てしまっていた。

 夏休み初日。

 謎の声と、光の球に導かれるようにしてこの世界へと来訪した真愛まな

 そこで、彼女は世界を救う存在『勇者』なのだと言われ、周囲の状況に流されるままに力を振るった。

 まるで、ゲームやマンガに登場するヒーローのように凄まじい『力』を。

 激化する戦いの中で出会った、魔人という存在。

 悪辣で卑劣。それでいて強力無比なその存在によって真愛まなは毒を受け、生死の境を彷徨ってしまうことになった。

 結果として、その毒からは生還し、魔人も倒せたのだが長期の入院を余儀なくされて、ようやく退院できたのが三日前。

 すでに元の世界では夏休みも終わってしまって、今ごろは行方不明のまま死亡扱いになっている頃だろう。


 「(家族にだけでも、生きてるって言えたらいいんだけどねぇ……)」

 

 残念だが、未だ元の世界へと帰還する術は見つかってない。

 初めてこの世界へ降り立った、あの草原にも足を運んでみたが手掛かりはなし。

 一応、この世界に存在する王国、『デアマンテ王国』の王女の話では勇者としての役目を終えれば元の世界へと帰ることも叶うそうだが、何をすればいいのかは不明瞭だった。

 少なくとも、デアマンテ王国を襲った魔人を倒しただけでは駄目なようだった。


 「あの声の正体もわかってないし、説明不足もイイとこよねぇ……」


 とはいえ、そう呟く真愛まなの表情は絶望一色に染まったような様子ではない。

 一応はこの世界でも上澄みと呼んで差し支えない力を有しているし、まったくの一人きりと言うわけでもない。数こそ少ないものの、明確に『仲間』と信頼できる人物もいるからだった。


 「どうした? 浮かない顔だな」


 うだる気温の中。いい加減でどこか建物にでも避難しようと足を動かしかけた真愛まなに誰かが話しかけてきた。

 視線を向けると、そこには二〇代くらいの美しい女性が一人。

 とても長い銀色の髪を三つ編みに束ね、ところどころにレザーをあしらったメイド服で健康的に焼けた肌を包んだいかにも『異国』といった風体の人物。と言っても、この世界ではそんな服装の方が当たり前で、元の世界の制服をそのまま着ている真愛まなの方が異国感で周囲から浮いていた。


 女性の名はセシリア。

 この世界に於ける、数少ない真愛まなの信頼できる『仲間』だった。

 そして、デアマンテ王国の騎士団の団長にして王女付きの近衛侍女メイドの肩書を持つスーパー美女だった。


 「別に……ていうか、セシリーはこの暑さでも平気なの?」


 猛烈な暑さの中で、厚着と言って差し支えない恰好をしているセシリアだが彼女の顔には汗ひとつない。表情も、別に我慢をしているという様子も見られなかった。


 「いや? それにこの季節はいつもこうだからな。いちいち暑がっていては身が持たないぞ」


 笑いながら、セシリアは今しがた出て来た店を後にして歩き出す。

 今日は、二週間以上もベッドの上だった真愛まなへのリハビリも兼ねての買い物だった。

 取り敢えずは去った危機。

 最大の功労者たる真愛まな、そしてそれをサポートしたセシリアを称える盛大な宴が終わったのが一昨日。

 王女の計らいでセシリアは休暇をもらった為、こうして真愛まなを誘って街へと繰り出していた。

 そんな彼女の手には、釣り竿が二本。そして、今の店で買った物が首から下げられた木箱に入れられていた。


 「セシリー、釣りすんのね」


 「ああ、釣りはいいぞ。穏やかに凪ぐ水面に釣り糸を垂らしてのんびりする。とても贅沢な時間を過ごすことが出来るんだ」


 正直な所、真愛まなはあまり釣りに興味はなかった。

 そもそも、生きた魚など触ることはおろか、見るのも水族館でだけという筋金入りのイマ時のギャル。

 とはいえ、とても嬉しそうに足を進める友人に、そんなことを言って楽しい気分に水を差すのは野暮というもの。


 「(人の趣味に口だしするような、空気の読めないオンナではないつもりだもんね)」


 そんなことを考えながら、セシリアの後をついていく真愛まな

 五分ほど歩いただろうか、セシリアが足を止めたのはとても小さな看板が一つだけポツンと置かれた古ぼけた東屋だった。


 「ここで釣りはできないと思うけど……?」


 「何を馬鹿なことを……バスに乗って行くんだよ」

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