王国動乱

 とある渓谷。

 人気のない、荒涼とした大地に少女が一人。

 長いプラチナブロンドの髪を束ね、腰から下げた剣に手をかけ静かに瞳を閉じている。


 「…………ッ!」


 その時、切り立った崖の影から一体の魔獣が姿を現す。

 体長約三メートル。びっしりと赤茶けた鱗に覆われた体躯に、体長と同じくらいに長い尻尾。口元には鋭い牙が並び、上顎から伸びる二本はより長く、強固に発達している。


 ――ガァアアアアアアアアア!!!!!


 少女の姿を認識したのか、周囲の崖が震えるほどに咆哮して近づいてくる。

 太くがっしりとした足が大地を踏みしめるたびに、少女の体が小刻みに揺れる。

 そして、もう眼前まで肉薄すると、魔獣は筋肉質に発達した腕を少女目掛けて振るう。

 ゆっくりとした動作だが、だからこそ力強い。

 巨腕の一撃は、少女を立っていた大地ごと粉砕する。

 粉々に砕け散った足場だが、そこに少女の姿はなかった。


 「パワーだけは立派なものだな」


 魔獣の頭上で声がした。

 響く少女の声。

 腕の一撃がヒットする直前に、上空へと跳んで逃れていたのだ。

 そして手にかけた剣を抜く。長さ八〇センチメートルほどの片刃の刀身が太陽の光を受けてキラりと光る。

 さらに、その刀身の周りをクルクルと魔法陣が回転している。

 そこに記された呪文。


 ――滅魔の劫火よ。武具に纏いて、邪悪を焼き尽くせ。


 魔法陣が一際輝き、呪文の通りに刀身に炎が宿る。紫色に燃え、それは禍々しさすら覚えるほどだった。

 その炎剣を少女は振るう。可憐な細腕に似合わぬほどの速度と威力で。

 目にも留まらぬ炎剣は火力を上昇させて、一瞬で魔獣の腕を斬り落とす。

 だが、その灼熱で以て斬ったそばから傷口を焼き固めるため、出血はない。


 ――グゥガアアアアア!!!


 自身を襲う猛烈な苦痛に、苦悶の雄たけびを上げる魔獣。

 それに呼応して、巨体を暴れさせ周囲をやたらめったらに破壊する。残った片腕、長い尻尾が無秩序に振るわれていく。

 轟音を響かせて、岩壁が崩れていく。

 その瓦礫を足場に、器用に跳び回る少女。小さな溜息を一つ吐きながら、再び剣を鞘から抜く。


 ――破邪の烈風よ。武具に纏いて、業魔を斬り伏せよ。


 剣から竜巻がドリルのように発生する。炎同様禍々しい紫色に染まった、凄まじい烈風。

 雨のように降り注ぐ瓦礫が、触れただけで真っ二つに斬り裂かれる。

 まるで、生肉を鋭利な刃物で切ったかのようにキレイな断面だった。


 「所詮はこの程度か。やはりつまらんな」


 もう飽きた、とでも言わんばかりに少女は長い髪を振り乱しながら一足飛びに魔獣へと肉薄すると、烈風纏う剣を真一文字に振るう。

 やはり、尋常ではない速度をたたき出した風剣が強固な鱗に覆われている魔獣の首を一撃で斬り落とす。

 分かたれた魔獣の頭部。その大きな頭に不釣り合いな小さな瞳から、光が失せる。

 同時に、隻腕の胴体も制御を失って暴れ狂ったままにバランスを崩して倒れ伏せる。

 総重量にして、五〇〇キロ以上。

 圧倒的な破壊力を生み出す筋肉の塊が、大地を揺るがしながら物言わぬ肉塊になる。


 「ふん。力試しにもならんな」


 剣を収めて、つまらなそうに呟いた少女が肉塊となった魔獣の胴体へと降りる。

 自身に宿る大いなる力。

 たとえ、巨躯を誇る魔獣であろうとも容易に斬り伏せる力に、少女自身はどこか一抹の寂寥感を覚えていた。

 あまりにも強力無比な力。その力故に、他者からは恐れられて避けられるか、嫉妬を向けられる。若しくはその力で甘い汁を啜ろうとする者しかいなかったのだ。


 「クフフ、仕方ありませんねぇ。今のアナタ様はそれだけの実力がおありなのですから」


 少女の頭上で、楽しむような声が響き渡った。

 その声を聞いた途端に、少女の顔は余計につまらなそうになる。

 誰かを確認するまでもない。いつも、こうして自身に纏わりついては下らないお喋りをしてくる男。甘い汁を啜ろうとする、下賤な者の一人。

 少女は、この男が嫌いで仕方なかった。


 「いったいなんの用だ。今は自由時間のはずだが?」


 「申し訳ございません。火急の事案が発生いたしたものでして」


 言葉遣いこそ丁寧だが、慇懃無礼。

 まったく敬意を感じない男の言葉に、不快感を滲ませながらも少女は男の方へと視線を向ける。

 この荒涼とした地には不釣り合いな、華美で豪奢なローブを身に纏い、手にはこれまた派手な金色の杖を手にした三〇代くらいの男。

 ゆったりとしたローブの上からでもわかる、痩せぎすな体と目深に被ったフードから覗く怪しく光る鈍い銀色の瞳。

 杖先が、一瞬輝いたかと思ったら次の瞬間には少女の目の前まで来ていた。

 そうして、からかうようにクスクスと不快な笑い声を上げながら、男はこう言った。


 「我が皇帝がお呼びでございます。そろそろ行動に移す時だと」


 言いながら、馴れ馴れしく肩に触れようとしてきた男の腕を乱暴に少女は振り払う。

 そして、まるで牙を覗かせる猛獣のように好戦的な笑みを浮かべてこう言った。


 「ようやくか。これでワタシの力を示すことが出来る」


 「陛下も期待してあらせられます。アナタ様の、勇者様の実力を世界に知らしめられるのを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る