ギャル、救う。

 無機質な白で統一された廊下には、チリ一つ落ちていない。

 隅々まで行き届いた清掃と消毒。

 今、セシリアが歩いているのは王立の医療機関である。最先端の医療技術の粋を集めたこの場所。

 だが、セシリアはここが苦手だった。

 確かに技術は凄いし、それを日夜研鑽してさらに高めようとする医師たちのことは尊敬もしている。

 しかし行き過ぎているというのか、どうにも暗く沈んだ顔をしている者が多かった。本当に医療の粋を集めた場所なのかと疑うほどに。

 そういったこともあってか、本来ならばこの場所で研究に努めるであろうミシェルも、早々に自分だけの研究所を造ってしまったのだ。

 では、なぜそんな苦手な場所にセシリアがいるのかというと――


 「あぁー、お腹空いたぁ!」


 廊下からでも聞こえる、大きな声。元気で、ハツラツとした少女の声だった。

 その声の主に会うためにセシリアはここへと来ていたのだった。


 「ふふ、すっかり調子は良さそうだな」


 「セシリー! 今日も来てくれたのね」


 病人服姿の真愛まながベッドの上でつまらなそうにしていた。

 声をかけられた真愛まなは、セシリアの姿を見つけると今までのふくれ面が嘘のように、パアッと顔を綻ばせて両手を差し出した。

 

 「うん? なんだ、この手は」


 「なにって、お土産。あるんでしょ? 王室御用達の美味しい食べ物とか」


 「そんなものはないぞ。一応は病人だからな」


 強烈に、苦虫を嚙み潰したような渋い顔をする少女にいたずらっぽく笑うセシリア。

 そんな少女に、セシリアは懐から小さな小箱を取り出した。


 「食べ物はないがな。王女殿下から預かり物をしてきたんだ。これをマナにと」


 そう言って手渡された小箱を開ける真愛まな

 中には、小さいながらも色とりどりの宝石で飾られたブローチのようなものが収められていた。


 「なぁに、コレ? アクセか何か?」


 「違う。それは栄誉勲章、それも第一等栄誉勲章だ」


 デアマンテ王国にとって、大きな功績を残した者に送られる勲章。

 それが『栄誉勲章』。

 その中でも、国家存亡の危機などを救った英雄に送られるのが第一等栄誉勲章だった。

 真愛まなの前にこの勲章を賜った者は、数十年間いないほどの代物だった。

 だというのに、当の真愛まな本人はあまり興味もなさそうに小箱を脇に置いてしまった。


 「まぁ、嬉しいのは嬉しいけど、別にあーしはご褒美が欲しくて戦ったわけじゃないし」


 「そう言うな。マナが退院したら、正式に勲章の授与式を予定もしているんだぞ?」


 先の戦い――魔人ヒドラとの決着からおよそ二週間近くがすでに経っていた。

 あの時、ヒドラの毒に侵された真愛まなの肉体はすでに限界を迎えていた。

 動かすのがやっとの手の先、そこに灯った頼りなげな炎。

 そこに迫る毒の巨竜の牙。

 だが、その絶望的な状況の中でも、真愛まなは勝利して見せた。


 「いったい、あんな状況でどうやってあいつに勝ったんだ?」


 「よく覚えてないのよねぇ。毒でフラフラだったしぃ」


 そう。

 勝ってみせた真愛まな本人にも、なぜ勝つことが出来たのかわからなかった。

 あの時、半ばヤケクソで攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

 素人目にもわかる、敗色濃厚な状況。

 それでも、ヒドラを許せないという感情だけであの場に立っていた。

 だから勝てた、と言ってしまえるほど真愛まなも楽観的ではない。

 薄れゆく意識の中で、ほんの僅かに見えた輝き。

 碧く煌めく燐光。

 それが毒に覆われたヒドラを正確に撃ち貫くのを、確かに目撃していた。

 それが自身が撃った魔法なのか、それとも別の何かなのかはわからなかったが。


 「でも、多分コレがカギなんだろうけどねぇ……」


 そう言って、真愛まなは手に灯る光を複雑な顔で見つめる。

 もうすっかり元気になったというのに、いつまでもこんな場所に閉じこめられる要因にもなった光。

 あの時見た、碧い燐光が指先にほんのり灯っている。


 「ホントはミーくんの所が良かったんだけど?」


 「仕方ないだろう。あの状態じゃあ」


 本来ならば、真愛まなのことを調べるのはミシェルが行っていただろう。

 本人もそれを強く望んでいた。しかし、それはとても無理なことだった。

 なぜなら、あの戦闘の余波で、元々ボロボロだったミシェルの研究所は跡形もなく消し飛んでいた。その上、地下室まで崩壊していてとても何かが行えるような状態ではなかったのだ。


 「はぁ……、いつまでこうしていればいいのかしら」


 「さぁな、しかし無茶をするよ。勇者だとはいえ、違う世界のことなのによく命を賭けられるな」


 「あら、騎士サマなのに意外なことを言うのね」


 不思議そうな顔でセシリアを見つめる真愛まな

 ただ巻き込まれて訪れた異世界。

 そこで、真偽もわからないまま勇者だと言われて、そのまま異世界の国を襲う者たちと戦うなど、言われてみればヘンなのかもしれなかった。

 それでもきっと、これから先だって真愛まなは何かあれば戦うだろう。

 勇者だから、ではなく自身がそう望むから。


 「怖くはないのか?」


 「怖いわよ」


 頷いて。

 それでも、自身の心の中に確かに燃えている想いに突き動かされるように、優しく微笑んで言った。


 「でもね、あーしは後で後悔はしたくないの。あの時、行動してよかったって思えることをするだけよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る