ギャル、異変が起きる。

 「フン……これでもキミを殺せないか」


 吹き荒れる猛毒の嵐を、防御壁を展開して防ぐ真愛まな

 セシリアにミシェル、さらにはエドワードまでをも守らなければならないので超高範囲をカバーする必要があり、結構な魔力を消費させられてしまった。


 「毒の力……面倒くさ」


 なんとか防ぎ切ったが、予想以上の消費に真愛まなの体がグラりとふらつく。

 それを見て、ヒドラは愉快そうに笑う。


 「やっぱりね。キミは確かに強力な魔力を持っている、オレら魔人すらも超えるほどの。でも、それをコントロールできるかは別の話だ、違うか?」


 「チッ……いちいちムカつく男ね、アンタ」


 持って回ったような言い方に、舌打ちを一つして床を蹴る。

 瞬時にヒドラの背後へと回ると、毒々しい翼がはためく背へと向けて火焔を撃ち放つ。


 「ダメダメ、そんな簡単に殺されてあげるわけないでしょ?」


 毒の翼が、勢いよく噴出する毒液へと戻って火焔を防ぐ。

 その勢いを利用して、ヒドラは宙へと浮くと毒液を腕へと纏わせて真愛まなへと向けて球状にして放つ。


 「くッ……!!」


 紙一重で躱すが、どうしても体が重い。

 今の真愛まなの技量ではどうしても魔力の消費量をセーブすることが難しい。

 一回の魔法にどうしても全力を注がざるを得ないのだ。

 無理に抑えようとすれば、一気に威力が減衰してしまい簡単に防がれてしまう。


 「ハハハ、残念だなぁ。強気でいられるのも人形だけにかよ。もしかして、アレがオレの実力だと思い込んじゃってた? だとしたら申し訳ないなぁ」


 まったく申し訳なさそうに思えない口調で、ヒドラは手に魔力を収束させていく。


 「あんな程度は、ほんの十分の一にも満たないお遊びさ。それで自分の実力を勘違いしちゃったかな?」


 ネバつく毒液がポタポタと手から溢れるように滴り落ちる。

 シュウシュウと、床が融ける不気味な音が響き渡る。


 「させるかッ!!」


 毒の放つ、イヤな臭気を吹き飛ばすように風が走る。

 セシリアの振るう剣が、今まさに放たれようとしていた毒液を斬り裂く。


 「フン、騎士サマも参戦かい? ちょっとは楽しませてよね」


 「言ってろ。この国に仇為す害虫を駆除するのが私の仕事だ」


 吹き荒れる風の斬撃で毒液を斬り裂いたのに、セシリアの体には一切の液がかかっていなかった。周囲には、ヒドラも含めて毒まみれになっているのに。

 

 「一応は騎士の頂点に立つオンナだね。暴風すらも完全に操るとは」


 口元の毒液を舌で舐めとりながら、ニヤリと笑う。

 騎士とはいえ、所詮は人間。遊び相手にもならないと踏んでいたが認識を改める必要がありそうだった。


 「少しは楽しめそうじゃん」


 「下らん。エドワードを傷つけた報いを受けてもらうだけだ」


 セシリアの剣に纏う風が爆発のように吹き荒れる。

 それは、部屋の天井を突き抜けて外へと通じる上昇気流となる。


 「ここでは狭すぎる。付き合ってもらうぞ」


 一瞬でヒドラへと距離を詰め、セシリアはその巨体を蹴り上げる。

 突き上げる上昇気流の中には、凄まじいまでの風の刃が入り乱れていた。

 その一枚一枚が必殺の威力を有しながらヒドラへと襲い掛かってくる。


 「ハハ! マジメ一辺倒かと思ったが、なかなかに強かじゃあないか! いいね、面白いよ!!」


 だが、それだけの威力であってもやはり魔人。さして気にも留めずに荒れ狂う刃の嵐を受け続ける。

 そのまま、研究所の外へと運び出されると、待っていたように追撃の斬撃を受ける。


 「この程度で死ぬはずがないだろう?」


 「そうだな。だが、足は止まったぞ?」


 爪で剣を受け止めたヒドラに、セシリアはニヤリと笑う。

 舞う彼女の長い髪。その背後に太陽のように輝く火焔が揺らめいていた。


 「まさか……勇者の!?」


 「喰らえェえええ!!!!」


 莫大な。それこそ太陽にも匹敵しようかという凄まじい熱量を誇る火焔がレーザーとなってヒドラを襲う。

 摂氏六〇〇〇度近い高温にさらされれば、さしもの魔人も無事では済まない。

 全霊の魔力を込めて、対魔法障壁を展開して防御に回る。

 弾かれたレーザーの熱がジリジリと、セシリアと真愛まなの皮膚を焼いていく。


 「くッ……流石は魔人か……これを防ぐなんて」


 「ちょっと、話が違うじゃない……そうそう長くは持たないわよ!」


 言ったそばから、レーザーの出力が下がっていく。

 超高威力の魔法を、単発ではなく持続して放っているのだ。

 その消耗も凄まじいものになっている。それこそ、『勇者』である真愛まなでもなければ一秒と持たずに意識を失くしているだろう。

 それをすでに一分近く。

 だが、それは向こうも同じ事。

 超威力の魔法を防ぐには、それ以上の魔力を以て対峙しなければならない。

 魔人とは言え、そこまでの障壁を展開するにはかなりの魔力を消費していた。


 「まだこれほどまでに、力を残しているなんてね……!!」


 「アンタをぶッ殺すまでは、あーしは止まらな……!?」


 レーザーの射線が大きくブレた。

 幸いにだが、灼熱のレーザーは遥か上空へと撃ちあがり街に被害を出すことはなかった。

 だが、そのあまりにも唐突な異変にセシリアは叫ぶ。

 

 「マナ! どうした、何があった!?」


 「くッ……なに? 視界がボヤけてきて……ッ!」


 障壁を解除しながら、好戦的な笑みを浮かべたヒドラが牙を覗かせこう言った。


 「フッ、ようやく効き目が表れたか」

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