ギャル、見つける。 part2

 「ずいぶんと冷たい手ねぇ。まるで雪の中に手を突っ込んだ後みたい」


 ずっと眠っていたにしては冷たすぎる手。

 そして、それ以上に不可思議な点が一つ。

 それを、まるで少女に投げ掛けるように真愛まなはこう言ったのだ。


 「それに、どうしてアナタからは一切の脈を感じないのかしら?」


 そう言った瞬間、真愛まなはノータイムで少女の眠るベッドを勢いよく殴りつける。

 骨組みを構成する金属パイプはグシャグシャにひしゃげ、周囲にはマットレスに詰められていた綿が雪のように舞っていく。


 「おい!? 一体何をするんだ!!」


 当然、怒ったミシェルが詰め寄るが、真愛まなは答えの代わりに彼を床へと伏せさせる。

 次の瞬間に、ミシェルの頭があった場所を漆黒のレーザーが通過していた。

 闇属性の魔法。

 言葉を失って、レーザーが放たれた方向へと視線をゆっくりと向けるミシェル。


 「な……っ!?」


 そこにいたのは、あの記憶喪失の少女。

 土気色の肌に、落ちくぼんだ瞳。細く、弱々しく揺れる髪。

 どう見たって動けるような状態ではないのに、枝のようにガリガリの指先には次のレーザーが小さな球となって準備されている。

 落ちくぼんだ瞳、その奥で不気味に輝いている青白い目が印象的だった。


 「なにがどうなっているんだ……!?」


 「どうもこうも、あーしが間違ってたってことでしょ」


 吐き捨てるように言って、舌打ちをする真愛まな

 記憶喪失。

 その前提が間違っていたのだ。

 少女は記憶を失くしてなんかいない。いや、そもそも目の前の者は少女ですらない。


 「そうそう長いことはいられないと思っていたがね。やはりキミにはバレてしまうか」


 その口調には覚えがあった。

 幾度か交戦した人形から。操られた騎士エドワードから。

 たびたび聞かれた軽薄な喋り口調。人を喰って小馬鹿にしたような態度。


 「魔人……!!」


 「大正解だよ、騎士サマ。でも、なんでオレがこのガキを使っていると気が付いたんだ? 勇者」


 わざとらしく拍手をしながら、ヘラヘラ笑って聞く魔人。

 その態度に、イラつきを隠そうともしないで真愛まなは手に火焔を纏わせて殴りつける。


 「簡単よ。その体から、イヤな魔力がダダ漏れになってんのよ。アンタ」


 「おっと、流石に限界が近いってことかね。コレにも」


 答えと共に振るわれた拳を躱した魔人。

 だが、その肉体は激しい動きに耐えられない、とでも言うかのようにボロボロと皮膚が剥がれ落ちて、髪もまとめて抜け落ちていった。

 まるで、放置された死体が崩れるように。


 「まさか……こいつ死体を!?」


 「そうさ。このガキはそこらへんで適当に拾った死体だよ。燃えカスにならずに残っていたからね、この国を落とすのに利用させてもらったってわけさ」


 焼け滅んだ村の少女。

 その遺体を魔力で保って、その内に潜んでいた魔人。

 だが、肉体の方が限界に来ていたのだ。内から発する魔力を隠しきれなくなって、遂には真愛まなに見つかってしまったというわけだった。

 真愛まなだけが気が付けたのは、まだ彼女が魔力に触れて日が浅いから。

 大人では慣れてしまった刺激でも、赤ん坊には衝撃的な体験になるのと同様に、魔人から放たれる魔力が途轍もなく不快感を煽るものに感じられたのだった。


 「さてと、バレてしまったのではもうコレはいらないね。まったくガキの体なんて窮屈そのものだよ」


 ボロボロと、完全に崩壊していく少女の肉体。

 もう意思はないはずなのに、崩れ落ちる瞳にはどこか悲しさが彩られているように感じられた。


 「ようやくせいせいしたよ。改めて、魔人ヒドラだ、よろしく」


 ヒドラ。

 そう名乗った魔人の男。

 ねじれた角の生えた頭部に淡い紫色の肌、漆黒のレザーで全身を包んだその姿は、各所にビスなどが装飾されていることもありハロウィンに参加したパンクロッカーのようにも見える。

 

 「アンタの名前なんて、あーしにはどうでもいいよ」


 興味ないとばかりに、真愛まなは足に火焔を纏わせて強烈なハイキックを繰り出す。

 大気すらも焼き焦がすほどの一撃が、ヒドラの顔面に直撃する。


 「フフフ……つれないねぇ、オマエは。もう少し楽しむ余裕があってもいいんじゃあないか?」


 まったく効いてないように、ヒドラは笑いながら鋭い爪を覗かせた手を振るう。

 ヒュウ! と風を切る音と共に真愛まなの足へと爪の斬撃が迫る。


 「チッ……!!」


 爪が真愛まなの足を切断する直前に、ヒドラの頭部を思い切り蹴って反動を利用して距離を取る。

 だが、ほんの僅かではあるが掠り、一筋赤い線が走ってしまう。


 「魔人の攻撃に反応できるとはね。流石は勇者と言ったところかな?」


 「アンタが弱いだけじゃない? だいたい、魔人って言ってるけど魔獣と何が違うのよ? ただちょっと強いってだけでしょ」


 「本当にそう思うかい? それは申し訳ないね、だったらちゃんと違いを見せてあげなくてはならないか」


 ヒドラの青白い瞳が怪しく煌めく。

 その瞬間、彼の背中から毒々しい紫色の粘液が噴き出す。

 まるで、壊れた噴水のように止めどなくあふれ出す粘液。それは次第に一つの形を成していく。


 「翼……?」


 「そうさ。オレは竜の魔人。毒の力を操る、竜魔人ヒドラ様ってね!!」


 翼を振るい、猛毒の嵐を巻き起こしながらそう叫んだ。

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