ギャル、見つける。

 「もう大丈夫そう?」


 心配そうに真愛まなが聞く。

 そっと地面にエドワードを寝かせて、自身は汗でびっしょりの額を軽く拭う。

 正直、もうギリギリだった。あと、もう数分でも戦っていれば熱によるダメージと疲労で倒れていただろう。

 

 「ああ、私は問題ない。しかし……厄介なことになった」


 人間の肉体を操る敵。それも、限界以上の戦闘能力を無理やりに発揮させるオマケまでついてくる始末。

 あまりにも恐ろしい能力だった。


 「防御だけに徹するなら、あーしが前に出てもいいけど?」


 「ただ戦うだけならば、それもできるがな……」


 そう。

 容易に殺してしまうであろう真愛まなの力も、防御だけならば問題はない。

 しかし、事は戦闘だけで終わる問題ではなかった。


 「今回は恐らく能力を知らしめるのが目的だろう。まぁ、その過程で私たちを始末できるならばそれでも良し、と言ったところだろうが」


 「そうなの?」


 「ああ、真の狙いは誰が操られていて、誰がまともなのかをわからなくして組織を瓦解させることだろう。大きな組織ほど、一度揺らいでしまえば崩壊も早いからな」


 戦闘以前の問題。

 誰が操られているのかわからなければ、もはや組織としては機能しない。

 互いに疑心暗鬼となり、下手をすれば誰も操られていないのに同士討ちを始めてしまう可能性もあり得るのだ。

 知るべき情報ではなかった。

 この情報を知ってしまった時点で、完全に後手に回ってしまった。

 このことが広まれば、もうセシリアの指示ですら敵の情報戦と取られてもおかしくない。

 もう組織立っての行動は、ほぼ期待できないだろう。

 さらに厄介なのが、戦闘力の増加。

 大きく差のあったセシリアとエドワードの戦力差は、セシリアがギリギリのところまで追いつめられるほどに肉薄していた。

 部隊長とはいえ、一介の騎士がそこまでの戦力を得られるというのは非常にマズい。

 そうなってしまえば対処できる人間が大きく限られてくる。

 複数人で対処しようにも、それも期待はできない。


 「それって、マジでヤバくない?」


 「ああ、せめて大幅な戦闘力の向上が無ければまだよかったんだがな……」


 今の戦いで真愛まなの手を借りなかったのは、それも理由の一つだった。

 真愛まなに協力してもらっては、相手の正確な戦力がわからない。

 簡単に倒せるのか、それともセシリア一人ではとても敵わないのか。それを知る必要があったのだが、一番厄介なことになってしまった感は否めなかった。


 「操っている本体を見つければ、とりあえずはオッケーって感じ?」


 「恐らくはな……だが、手掛かりがほぼ無いからな。わかっているのは、ふざけた態度の魔人だということだけ。そもそも、この国にいるのかもわからないんじゃあ、手の出しようがない」


 恐らくは、幾度か襲ってきた人形を操っていた者と同じ魔人。

 あの特徴的な、人を喰ったような態度には二人とも覚えがある。

 しかし、ヒントはそれだけ。姿を一度だって見ていないのだ。

 それだけで、本体を見つけ出して倒すというのは相当に無茶な要求である。


 「あーあ……、なんか一発逆転の秘策でもあればいいんだけどねぇ……」


 「まぁ、それは後で考えるとして。先にこいつをミシェルの所に運び込もう。ここでは手の施しようがない」


 意識を失ったままのエドワードを担ぎ上げ、セシリアはミシェルの研究所へと足を進める。

 先ほどの話を聞いていると、今こうして眠っているエドワードがまだ敵の手の中にある可能性も否めない。

 少々不安そうに、真愛まなは後ろをついていく。


 

 「これは、また……随分なムチャをしているね」


 驚きと呆れが入り混じった表情を浮かべるのはミシェル。

 研究所の地下。記憶喪失の少女と同じ病室で、エドワードは治療を受けていた。


 「体中の筋組織がほとんど崩壊しかかっている。これじゃあ、いつ心臓が止まってもおかしくないよ。相当ムチャクチャな魔法の使い方をしないとこうはならないけど?」


 「その無茶な魔法を使わされたんだよ、そいつは。何とかならないか?」


 「難しいね」、と冷静に告げるミシェル。

 一応、命を助けることだけは可能であった。僅かではあるが回復魔法を施されているのが功を奏し、何とか多臓器不全は避けられていた。

 しかし、もう一度騎士として立ち上がることは相当に厳しい状況だった。


 「ウソを言うのは嫌いだから正直に言うけど、彼が騎士として戦えるようになる確率は一パーセントもないよ。むしろこのまま目覚めない可能性すらある」


 「そんなにひどいのか?」


 「脳細胞にも異常なまでに負荷がかかっているからね。ま、何とかやってみるけど期待はしないでくれ」


 その言葉に、浮かない顔をしながら病室を後にしようとするセシリア。

 その後ろをついていこうとした真愛まなは、思い出したかのようにこう言った。


 「そういえば、その子はその後どうなの? まだ目覚めないまま?」


 向けた視線は記憶喪失の少女へと。

 ベッドの中で横になったまま眠り続けている。

 スゥスゥと消え入りそうな寝息だけが生存確認をさせている。


 「ああ、いろいろ試してはいるんだがね。まだ原因すらつかめていないよ。まったく、ずっと眠っているだけなんてどう対処すればいいんだか……」


 そっと近づいて、真愛まなは少女の小さな手を握る。

 生気を感じない青白い手。

 まるで死人のようなその手に、真愛まなはある違和感を覚えた。

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