騎士、揺れる。 part5

 「あ? ダレだっていいでしょ、別に。今、そんなこと関係ある?」


 エドワード――の姿を借りた誰かは、そんなことを聞くなんて野暮だとでも言わんばかりに呟いて、左手をかざす。

 漆黒の魔力が収束していき、レーザーのようになって一直線に放たれる。

 大気を焼き尽くしながら、閃光が走っていく。

 確実に躱したはずなのに、それでも頬がジリジリと熱を帯びるのがわかる。

 炎熱の力を先鋭化させた灼熱の熱線。

 間髪を入れずに、幾条も放たれる漆黒のレーザーが地面と言わず、壁と言わずを焼きながら迫る。


 「あーあー、まったく情けない話だよねぇ。王国最強の騎士なんでしょ、オマエ? なのにそんな無様にケツ振って逃げ回ってさぁ……ちょっとダサくないか?」


 「く……なんて連射速度だ……!」


 同じ、炎の魔法で迫るレーザーの軌道を逸らしながら紙一重で捌いていくセシリア。

 だが、その凄まじいまでの熱量は僅かずつではあるが彼女の体力を奪っていく。

 すでに、周囲の気温は摂氏四五度に迫っている。

 少し離れてみている真愛まなの額にもじっとりと嫌な汗が浮かんでくる。


 「もう……かなりヤバそうなのに、ホントにあーしが行かなくても大丈夫なんでしょうね?」


 もどかしそうに唇を噛む真愛まな

 幾度となく、支援に向かおうとするがその度に視線や手振りでそれを止められる。

 「まだ一人で大丈夫」、だと。

 だが、傍目から見ても劣勢なのは明らかだった。

 うっすらと陽炎すら発生するほどの気温の中、一発でも受ければ即死しかねないレーザーを正確に捌きつづけなければならない状況。

 どう考えたって、ジリ貧にしかならない。


 「おやおや、頑張るじゃあないか。そんなにこのオトコが大事かい?」


 エドワードの口で、小馬鹿にしたように喋る。

 相手も、わかっているのだろう。

 セシリアが、エドワードを殺せないことを。

 だから、敢えて戦いが長引くようにしているのだ。少しでもセシリアの苦しみが続くように。

 灼熱のレーザーを放つ感覚も、少しずつ遅くなっている。

 消耗してくセシリアに合わせるように。何とかギリギリで回避できるように。

 待っているのだ。彼女が完全に回避できなくなって、決定的な一撃が命中するまでを。


 「ハハ、どこまで持つか見ものだ……おや?」


 だが、そう言ったエドワードの口元から赤い雫が一筋零れた。

 それは紛れもなく血だった。

 右手で口元を拭って見つめる。

 必然的に生まれる隙に、セシリアが飛ぶ。風を纏った拳でエドワードを殴りつけようと振りかぶった、その瞬間だった――


 「やっぱり、この体では限界も早いね」


 「なに……ッ!?」


 思い切り急制動をかけ、エドワードの目の前の地面を殴りつける。

 猛烈な風圧が周囲を駆け巡り、滞留していた熱波を吹き飛ばす。

 しかし、セシリアの表情は絶望で固まっていた。


 「わかるだろう? ただの人間で、この力をまともに制御できるはずもないってことぐらいはさ」


 「外道が……!!」


 闇属性の魔法魔法は異常なまでに制御が困難である。

 未熟な技量で扱おうとすれば、体を内から崩壊させていってしまう。

 エドワードは闇の力を操れるほどの技量はない。そんな体で無理やり闇魔法を行使すれば、当然待っているのは『死』である。

 口元から零れる血がその証。

 魔力を生成する細胞が蝕まれ、吐血となって表面に現れているのだ。

 見れば、ニヤニヤ笑っているはずなのに、その顔は青ざめ玉のような汗がいくつも滲んでいる。

 威力不足、精度不足であってもこの状態。

 とてもまともに扱える代物ではないのだ。


 「キミが死ぬのが先か、コッチが壊れるのが先か。ハハ、オレはどっちでもいいんだけどさ」


 所詮は借り物の肉体。

 どうなっても構わないから、ダメージ上等で強力な魔法も連射できる。

 目的を果たせるなら良し。よしんば失敗しても、少なからず騎士団に痛手を与えることはできる。

 悪意のみの満ちた、最悪の戦術だった。


 「いいねぇ、その絶望に満ちた顔。そういう顔が一番ゾクゾクするんだよ」


 今にも倒れそうな顔色のまま、嗜虐に満ちた笑みを浮かべる男。

 そのアンバランスさが、余計に狂気と不気味さを際立たせている。


 「舐めるなよ……貴様の思い通りにさせてなるものか!!」


 足に纏わせた風を解放して、セシリアが駆ける。

 呆れたような表情の男の背後へと回ると、強烈なハイキックを繰り出す。


 「いいのかい? もう一撃も耐えるほどの余力もないけど?」


 「言っただろう? 私を舐めるなと」


 渦を巻く烈風。

 ハイキックは命中させずに、纏わせた風によってエドワードの体を宙へと浮かび上がらせる。

 さらに、セシリアは剣を振るって追撃の魔法を放つ。

 放たれたのは水流。

 だが、全てを押し流す圧殺の爆水ではなく、全てを包み込み慈しむ癒しの水。

 エドワードの体は、水が作り出す水球に包まれ身動きが取れなくなる。


 「ふん、この程度でどうこう出来るとでも?」


 セシリアは、答えの代わりに剣を一閃。

 光が水球を満たし、男が苦しそうに呻きだす。


 「こ、これは……まさか……」


 水球が弾けると同時に、すべては終わっていた。

 落ちてくるエドワードを優しく受け止めると、セシリアは一言こう言った。


 「この程度でも、十分だったな」

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