騎士、揺れる。 part4
「ゼンブ……ハカイ……、グゥウアアアアアア!!」
咆哮と共に、エドワードが髪を振り乱して飛び掛かる。
血走った眼で、セシリアを睨みつけながら剣を乱暴に振るう。
「そんな剣が当たるものか……!!」
最小限の動きだけで、セシリアは鋭い斬撃を躱す。
顔面スレスレ。ほんの数ミリの所を通過していく剣にも、一切怯むことなくセシリアはカウンターの拳をエドワードへと叩き込む。
力強く握られた拳が、エドワードの体へと突き刺さる。
くの字に体を曲げながら吹き飛び、壁へと激突するエドワード。そのままズルりと崩れ落ちて、動かなくなる。
しばし様子を伺うが、気絶しているのかピクりともしない。
「はぁ……、一体何がどうなっているんだ?」
乱れた髪を直しながら、わけがわからないというように呟く。
乱心――と言う言葉で片づけるにはいささか異質な状況。
魔獣が人の、エドワードの姿を真似ていると言った方がまだしっくりくる。
「ガァアアアア!!」
「なにッ!?」
もっと詳しく調べようと、セシリアが屈んだその瞬間。
エドワードは急に動き出して、腕を伸ばす。
咄嗟に躱したが、それでも肩を掴まれてしまう。
凄まじい力。肩が、そのまま砕かれてしまうのではないかと錯覚するほどの、信じがたい握力。
「この……放せッ!!」
腕の中で足掻き、蹴りを繰り出すが、不安定な姿勢のおかげで上手く力が入らない。
逃げることが出来ずに、そのまま壁へと叩きつけられてしまう。
「がッ……はぁ……ッ!?」
通路の壁が、ひび割れへこむほどの衝撃。
それが、セシリアの全身へ激痛という形で襲ってくる。鎧を纏っていても、尚意識が飛びそうになるほどの痛み。
そもそも、セシリアの鎧は特注品。
風の魔法による機動性を重視していて、防御性能は正規採用品と比較して三割ほど低くなっている。
その為、余計に大きなダメージを貰ってしまっていた。
「セシリー!!」
「大丈夫だ! マナは手を出すな……」
走り出そうとした
鋭い風が渦を巻き、超高速の機動を彼女に与える。
「エドワード……何があった?」
ひび割れた壁を蹴り、セシリアは宙を駆ける。
まるで、宙に足場が存在するかのような三次元的な軌道。
その立体的な動きに、エドワードは混乱したように視線を泳がせる。
「はあッ!!」
瞬時に、エドワードの背後を取ると渦巻く風を纏う足を大きく振り上げる。
ちょうど、何とか反応して振り向いたエドワードの顎を思い切り蹴り上げる形になった。
猛烈な突風が、セシリアの髪を大きく揺らしながら、エドワードを宙に持ち上げる。
そして、そのまま追撃のハイキックが炸裂する、はずだったのだが。
「グ、グゥガァアアアア!!」
エドワードの全身が、黒い渦に包まれる。
それは、宙に浮かんだエドワードの体を激しく回転させて、セシリアの放ったハイキックを防ぐ。
さらに、その黒い渦は幾本かに集約していき、ドリルの形となってセシリアに襲い掛かった。
闇属性の魔力によって、回転力を特化させた風の魔法。
周囲の空気ごと取り込んで渦巻く烈風は、セシリアの体をその場に縫い留め、彼女が回避行動を取ることを許さない。
「これは……ッ!? だが!!」
閃く閃光。
たとえ、その場から身動きが取れずとも王国を守護する
咄嗟に抜いた剣の一閃で、迫る烈風のドリルを全て斬り伏せる。
黒い霧のようになって消え失せる烈風。僅かに残ったそよ風が、セシリアの頬を不快に撫でていく。
「お前……どうして闇の魔法なんか?」
答えが返ってくるはずもないのに、それでも口にせずにはいられない。
禁忌とされている、闇属性の魔法。
他属性の持つ、ある特定の性質を極端に先鋭化させる特性を有する魔力。
だが、その特化させた力は制御が異常に困難だった。
研鑽の中で、幾度となく取り返しがつかないような事故が多発して、最終的には使用はおろか修練すらも禁じられた、忌まわしき魔法となってしまったのだ。
だが、その禁忌をエドワードは行使した。
その威力も、精度も人形が使って見せたほどではない。
しかし、それは紛れもなく闇属性の魔法だった。
「ハカイ……ハカイ……ハカィイイイイイイ!!!」
同じ言葉だけを繰り返し、エドワードは再び漆黒の烈風を放つ。
逆巻く風は、吹き抜けただけで壁面をズタズタに斬り裂いていく。
風の持つ斬裂性を先鋭化させた闇魔法。
幾枚もの風の刃、その一枚一枚が必殺の威力で迫る。
「エドワードッ!!」
烈風が縦一文字に振り下ろされる。
セシリアの、刀身だけでも一五〇センチメートルはある両刃の長剣。それに纏わせた烈風が、漆黒の刃をまとめて粉砕する。
「ふぅん……やるものだね」
そこで初めて。
エドワードがまともな口を聞いた。いや、正確にはまともではないのだが。
明らかに別人が喋っていた。
軽薄で、調子の良さそうな口調。
少々傲慢な部分はあれど、真面目な口調のエドワードとは似ても似つかない喋りだった。
「貴様、何者だ?」
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