騎士、揺れる。 part2

 「ふむ……ようやく体もそれなりに動くようになったか」


 片手用のダンベルを上げ下げしながら、一人呟く。

 王城のトレーニングルーム。その中に置かれた、八〇キロのダンベルも軽々と扱うほどに回復した体の調子を確かめる。

 すでに、三時間近くもハードトレーニングをした後の行動とはとても思えなかった。

 だが、それでも万全状態の八割ほど。

 十日近くもベッドの上で寝る生活だったので、すっかり体が鈍ってしまっていた。


 「すっかり元気になったようで、あーしも嬉しいわよ……」


 疲れ切ってグロッキー状態の真愛まなが呆れたような顔で言う。

 最初こそトレーニングに付き合ったのだが、あまりのハードさに三〇分も経たないうちに音を上げて休憩していた。

 しかし、二時間以上も休憩しているというのに、体力が中々戻らない。と、言うよりもずっと少し息苦しかった。


 「なぁんか体がダルいのよねぇ。もうトシかしら」


 「何を馬鹿なことを言っているんだ? あぁ、そうか。このトレーニングルームは低酸素状態だからな、それで疲れが取れにくいんだろう」


 その発言に、「ハハ……」と余計に疲れが増えた真愛まなは肩をすくめてトレーニングルームを後にする。

 「あと少しだけ走り込むとするか」などと言い始めたセシリアには、流石に付き合いきれなかった。


 「ん? もう戻るのか?」


 「また気が向いたら一緒にやろーね……」


 返事もそこそこに、真愛まなは用意されている部屋へと戻る。

 すでにこの『異世界』へと来てから、すでに二〇日以上が経過している。

 あと、ほんの数日で予約していた新作コスメの発売日である。


 「てゆーか、登校日とかも全サボりだから、色々とマズいんだけどね……」


 真愛まなが通っているのは、れっきとした私立の進学校。

 長期休暇と言えども、定期的に登校日が存在する。

 それ以前に、行方不明で大騒ぎだろう。

 圏外を表示したまま、役に立たないのに一向に充電の切れる気配のないスマホを眺めながら思案する。


 「どのみち帰る方法は見つからないし……いっそここに永住するってのもアリ、かなぁ」


 ボソッと呟いて、慌ててその声を搔き消すように首を振る。

 一人でいると、どうしても弱気になってしまう。

 何が何でも、元の世界へと帰って新作コスメを手に入れる。

 真愛まなは改めて自分の決意を胸に刻むと、急激に襲ってきた眠気に勝利することができなかった。

 あっという間に視界が途切れ、泥のように眠ってしまった。

 

 「相変わらず騒がしいわね……」


 次の日、ドタバタと人が行き来をする音で目が覚める真愛まな

 ここ最近は、ミシェルの研究所で寝泊まりをしていたから忘れていたが、王城はいつも忙しなかった。

 特に、この『一の時』から『二の時』と呼ばれる時間帯は相当に忙しそうにしている。

 元の世界では、だいたい五時くらいから一〇時くらいの時間なので、やはりどこもそう変わらないのだろう。


 「ふぁあ……ん、あーしも着替えなくちゃ」


 言って、真愛まなはクローゼットの中からレデの店で購入した服を取り出して纏う。

 流石に屋内でテンガロンハットをかぶるわけにもいかないので、顎ひもを伸ばして背中にかける。


 「さてと……まずは腹ごしらえね」


 向かう先は食堂。

 この国の料理は、元の世界と比較して相当にレベルが高かった。

 最初は王城だからとも考えたが、街全体でそうなのでこの世界と言っても良さそうだった。

 その、クオリティの高い飯に舌鼓を打っていると、目の前にセシリアが座る。


 「マナ、ちょっといいか?」


 「ん? なーにセシリー、ご飯なら分けてあげないよ?」


 「そうじゃない」と、セシリアは周囲を軽く見まわすと少し小さな声をこう言った。


 「少し前にあった、部隊長の男を覚えているか?」


 「部隊長……? あぁ、あのイヤみな男ね。覚えてるけど、あんまり考えたくはないんだけど」


 冷たく言って、真愛まなは焼き魚を一切れ口へと放り込む。

 せっかくの美味しいご飯が、あんな男のことでマズくなると顔をしかめる。

 しかし、次のセシリアの言葉でもっと顔をしかめることになってしまう。


 「その飯を食ったら、アイツを探すのを手伝ってくれ」


 「ええっ!? イヤよ、そんなの。なんであんなイヤなヤツなんかを……、ていうかいなくなったの?」


 「ああ、マナとの一件があった日から行方がわからないんだ。自室にもいないし、周囲を捜索しているんだがどうにもな……」


 「それって、単に居づらくなったから出ていったんじゃないの? あんな惨めに言われたんじゃ、それも仕方ないって感じだし」


 別に、真愛まなにとっては嫌いな男がどこで何をしていようが特に関係はないし、興味もなかった。

 出奔した者をわざわざ探してやるなんて、騎士団も甘いところがあるものだと考えもした。

 しかし、事態は少々複雑なようだった。


 「それならば別にいいんだがな。ここ二、三日おかしな報告があるんだよ」


 「おかしな報告?」


 顔を近づけ、話し始めたセシリア。

 その内容は、確かに真愛まなも探しに行こうかと思わせるようなものだった。


 「あの男、エドワードと言うんだが夜な夜な街のどこかに現れるらしいんだ。それも、抜き身の剣を振り回してな」

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