騎士、揺れる。

 自身が放った青い火焔。

 荒れ狂う烈火は、人形を焼き尽くしたのみならず周囲の建物までをも飲み込もうと、その火力を上昇させていく。


 「ふんッ!!」


 しかし、それをただ眺めているだけの『勇者』ではない。

 腕を振り下ろし、巻き起こった流水の刃。

 それによって、暴走しかけていた火焔を一撃で鎮火させて見せる。

 周囲は焼け焦げ一つなく、代わりに大雨が降ったかのように水たまりがあちこちにできていた。


 「まだちょっと調整が必要かな?」


 半ば怒りに任せて放ったようなものである魔法に、力量不足を感じながら真愛まなは一人呟く。

 そして、ミシェルたちの安否を確かめようと研究所へ戻ろうとした時だった。


 「これは一体……」


 ザワザワと、幾人かの集団がこちらへやって来た音が聞こえてきた。音の中には、明らかに金属が擦れる音も混じっている。

 「(あぁ、騎士団か)」と、特に見向きもせずにそのまま足を進めようとした真愛まなを、その集団の中の一人が呼び止めた。


 「待て。これはオマエがやったのか?」


 「あぁ?」


 不機嫌そうな声で振り向くと、そこにはやはり騎士団の男たちが五人ほど立っていた。

 その中の一人。声をかけてきた男には見覚えがあった。

 この何日かで、幾度か顔を合わせ、そして言い合いをしてきた男。

 確か、部隊長とかなんとか呼ばれていたはずだった。


 「見てわかンない? あーし以外に誰がやるってのさ」


 真愛まなはこの男が嫌いだった。

 年上だからとでも思っているのか、やたらと上から目線で話しかけてくるだけでもムカつくというのに、二言目には「騎士団の誇り」がどうだのと宣い始める始末。

 だから、顔を見るたびにイラつき、する必要もないのに余計に敵意を剥き出しにしてしまう。


 「また勝手な戦闘行為を……どうしてオマエは騎士団との連携を意識した行動が取れないんだ。国の希望でありたい……」


 「あーうるッさい!! アンタらが遅いし、そもそも弱いからじゃない? あーし一人で勝てる相手に五人? どーせそれでも苦戦するんでしょ? そんなザコ連中と何をどう連携しろって言うのよ」


 「なに……! 誇りある騎士団を幾度侮辱すれば気が済むのだ!!」


 激昂する部隊長の男。

 だが、こちらからしてみれば殴りかからないだけ感謝して欲しいくらいだった。

 顔も見たくない男など適当にあしらって、去ろうとする真愛まな


 「またお得意の騎士の誇り? くっだらない、あーしは騎士じゃないから」


 そう言って、踵を返そうとしたその時だった。

 真愛まなの頬をギラりと冷たい物が照らす。


 「待て。数々の騎士団に対する侮蔑、暴言、もはやこちらも我慢の限界。決闘をキサマに申し込む」


 抜き放った両刃剣を真愛まなへと突きつけ、男は眼光鋭く睨みつける。

 その目と、剣を握る手には本気の色がありありと伝わってきた。


 「アンタ、なに考えてンの? トーシロ相手に決闘? それこそ騎士サマとは思えないけど」


 「黙れ。騎士の誇りを汚したキサマだけは、この手で……!!」


 だが、その声を遮る凛としながらも、刺すような鋭い声が響き渡った。


 「おい! 一体何をやっているんだ!! その剣をどうするつもりだった!」


 ミシェルに支えられながら、重そうな足取りで現れたのはセシリア。

 だが、その眼光はいささも曇りはなかった。


 「早く剣を収めろ。決闘などと下らんことを許可するつもりはないぞ」


 「し、しかし騎士団長リーダー! こ奴は我ら騎士団の誇りを口汚く罵ったのです!! それをすすがなくては……」


 「騎士の誇りは確かに大切だがな。私はそれに固執して、周囲に敵意を振りまけなどと言ったか?」


 その物凄い剣幕に、男はたじろいで後ずさる。

 完全に役者が違った。

 『誇り』という言葉を履き違え、驕り高ぶった男は言葉を失ってしまう。


 「もういい。ここの報告書は私がやっておく。オマエたちは戻っていろ」


 「い、いえ騎士団長リーダー……、ですが……」


 「聞こえなかったか? もう戻れ」


 小動物のように縮こまって、男たちはすごすごと王城の方へと歩みを進める。

 その背中へと、舌を出しながら睨みつける真愛まな


 「ヘンだ、イイ気味。ま、決闘したってあーしが勝つけどね」


 「よせ。悪く言われて腹を立てる気持ちもわかるが、あまり事を荒立てるなよ」


 どっと疲れが押し寄せてきて、頭を押さえながら窘めるセシリア。

 結局のところ、騎士たちも怖かったのだ。

 自分たちが束になっても、苦戦を免れないほどに強い人形。

 それをいとも簡単に破壊する、目の前の少女が。

 だからこそ、言葉や立場で身を守らねばならなかったのだ。無意識にそうしていた、そうせざるを得なかった。


 「(強い力は孤独を引き寄せる……か)」



 「(……なぜだ。なぜ騎士団長リーダーはあんな女を庇い立てするんだ)」


 同じころ、王城へと向かっていた男は内心でセシリアへの不満がどす黒く燻っていた。

 今まで、騎士として王国とセシリアに尽くしてきた自分ではなく、ちょっと強力だからとぽっと出の小娘の方を優先する。

 それでは、一体何のために騎士の叙勲を賜ったのかわからなくなってしまう。


 「(結局は力が全てだと言うのか……)」


 渦巻く感情。

 それは、不満から恨み、妬みへと変わっていく。

 そして、その感情に呼応するかのように、誰かの声が脳内に響いてきた。


 ――それなら、全てを壊してしまえばいいんじゃあないか?

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