ギャル、戦う。 part3

 「あのさぁ……ザコって自覚ないわけ? コッチはそれなりにやることあんだからね」


 轟々と燃える火炎の中であっても、ケロリとした顔で立つ真愛まな

 足元には、熱と衝撃によって溶けてひしゃげた人形がピクピクと悶えるように蠢いている。


 「ハハ……勇者サマには敵わないな。そうまでストレートに言われると、むしろ清々しくさえあるよ」


 無理やりに。

 ひしゃげた体を凍らせることによって補強して、踏みつけている真愛まなの足をどける。

 そのまま、体を覆う氷点下の冷気を彼女へとぶつける。


 「不意打ちばかりで申し訳ないんだけどねッ!!」


 周囲を焼く炎すらも凍り付きそうなほどの凄まじい冷気。

 マイナス五〇度近いその冷気は、真愛まなの体温を見る見るうちに奪い取っていく。

 適切な装備のない人間が、マイナス五〇度の世界で生きていける道理はない。

 ものの数分でその命の灯は消え、物言わぬ冷凍肉塊となるはずである。


 「これで本気なわけ?」


 だが。

 普通の人間であるはずの真愛まなは、冷気など感じていないかのように普通の様子で人形へと冷たい視線を送る。

 その視線の方が、よっぽど冷たいと感じるほどだった。


 「ここ最近のアレコレでさぁ、あーしは結構イラついてンのよね。せっかくセシリーが目を覚ましたってのに、それもジャマされちゃったし」


 髪を風に揺らしながら、真愛まなは一歩一歩人形へと近づいていく。

 その間にも、凄まじい冷気は吹き付けているが一切効果はない。

 真愛まなの周囲には、非常に薄く防御壁が展開されていた。闇の魔法で体温を奪うことに特化させた氷魔法ですらも、意に介さないほどの強力な対魔法障壁が。


 「くっ……意趣返しってヤツかい? 中々に嫌味なことをしてくれるじゃあないか!」


 少し苛立ちを見せた人形が、凍り付いた自身の腕を肥大化、変形させて巨大な氷の斧を形成する。

 斬るのではなく、圧し潰す。

 圧倒的な物理的質量で以て、対魔法障壁を無視するその武器を振り上げ、人形は歪に笑う。


 「この大きさだ。回避は無理じゃないかな?」


 「そうね。そのサイズを避けンのは骨が折れるわね」


 巨斧が振り下ろされる。

 地を揺るがす衝撃が襲い、直撃を受けなかった建物もビリビリと振動する。

 まともに衝撃が伝播した通路は、石畳が砕けて散乱し、ボロボロにへこんでいた。

 人間など、もはや形も残らない一撃だった。

 あまりの衝撃からか、反動で砕けた自身の巨斧をもう一度普通の腕へと戻しながら、人形は笑ってこう言った。


 「ハハハ、少々やり過ぎたかな? まぁ、これでも本気ではないがね。言ってもムダだろうが、魔人を舐めるとこうなるんだよ」


 「ふぅん。ま、破壊力はまぁまぁなんじゃない?」


 その言葉で、まるで周囲を包む冷気にてられたかのように、人形の動きがギクりと凍る。

 ゆっくりと人形は首を後ろへと向け、その声の主の姿を見る。


 「な、バカな……」


 「あーしは別に避けられない、なんて言ってないけど? つーか、そもそも避けたわけじゃないしね」

 

 言われて、人形は破壊の跡へと視線を戻す。

 そして、そこに広がる光景にある事実を突きつけられる。


 「こ、これは……」


 人形が振り下ろしたのは、巨大な『氷』の斧。

 当然、その周囲には途轍もない冷気が渦巻いている。

 触れる物を凍てつかせる魔力を帯びた、闇の冷気が。

 それを纏う斧を振り下ろした場合、その直撃を受けた箇所は破壊と一緒に凍り付いて然るべきなのだ。

 周囲には、砕け凍り付いた破片が転がっているはず。

 だが、この場には砕けた破片は散乱していても、凍り付いた物は一切転がっていない。

 ただ、大質量の破壊が巻き起こった跡でしかなかった。


 「アンタの斧はさぁ、あーしがブッ壊したの。ま、その時の衝撃を逃がしきれずに建物とかは壊れちゃったけど」

 

 純粋な身体能力の強化。

 真愛まなが行使した魔法はそれだけだった。

 自身の身体能力を何倍にも向上させる。

 たったそれだけの魔法で、真愛まなは迫る巨斧を砕き、また、そこから発せられる凄まじい脚力で人形の背後を取ってみせたのだ。


 「あ、あり得ない!! オレの斧に触れたんだ、オマエ自身が凍り付いていないのはおかしいだろ!」


 焦り、後ずさりもしながら人形は吠える。

 凍てつく魔力を帯びた『氷』の巨斧。

 人間が生身で触れて、無事で済むはずがない。一瞬で氷漬けとなって、斧の質量でバラバラに砕けていないと説明がつかなかった。


 「はぁ……、あーしが対魔法障壁を展開してんの忘れちゃった?」


 小馬鹿にしたように、人形へと冷笑をぶつける真愛まな

 その顔に、怒りと苛立ちを爆発させる人形。


 「おのれ……人間風情でよくも、このオレを……! もういい、キサマを殺すことを最優先でやらせてもらう!!」


 そう言うと、人形は全身から冷気を噴出させる。

 摂氏マイナス七〇度を下回る、超低温の暴風。

 その氷の嵐は、人形自身すらも凍てつかせ動きを鈍らせていく。


 「コイツ……!! また自爆覚悟で!?」


 「ハハハ、なにも炎熱だけが爆発じゃあない。キサマごと、この辺り一帯を氷で閉ざしてやるよ。それを見れないのは、ちょっと残念かな」


 そう言って、人形は噴出する冷気をさらに強める。

 もはや、自身の体はほとんど氷となってしまっている。


 「二回目を、あーしがさせると思う?」


 だが。

 真愛まなの手が、乱暴に人形の頭部を鷲掴みにする。

 その指の隙間からは、青白い火焔が漏れ輝いていた。

 冷気を掻き消すように、青い火焔が舞い踊る。そして、凍てついていた周囲の空気を舐めるように溶かしていった。

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