ギャル、戦う。 part2

 「そうだったのか……」


 沈痛の表情を浮かべるセシリア。

 その、確かに感じる痛みは手術によるものだけではない。


 「私の力が至らないばかりに、キミにそんなことをさせてしまうとは……すまない」


 「や、やめてよ! 別にセシリーが悪いわけじゃないって……あーしがそうしたかったってだけ」


 暗い面持ちで頭を下げるセシリアに、慌てて手を振る真愛まな

 こうなるとわかっていたから、話すのを渋っていたのだ。

 責任感の強いセシリアのこと。話を聞けば、必ず自身の責任だと悔やんで無理をしてしまう。


 「だから、セシリーはちゃんとそのケガを治すこと。あーしのことを心配してくれるなら、最優先でそれをしてね」


 「マナ……、わかった。では、今しばらくは希望の勇者たるキミに任せるとしよう。この国を頼んだぞ」


 セシリアも、真愛まなの覚悟を汲んだのか無理に自身が前に立つようなことはしなかった。

 そうして、セシリアが目の前に置かれた病人食を口に運ぼうとしたその時だった。


 「おや、なんだか外が騒がしいね。少し見てくるよ」


 ミシェルが、何かを聞き取ったのか部屋を後にする。

 二人には何も聞こえなかったので、不思議そうに顔を見合わせるが。


 「ミーくん、なんだったんだろう?」


 「アイツは耳がいいからな。街の喧嘩でも聞いたんじゃないか?」


 病人食の味の薄さに、若干辟易しながらセシリアが食べ進めていると扉が開く。

 二人は、当然ミシェルが戻ってきたものだと思った。

 それは、半分は当たっていた。

 そして、外れたもう半分は真愛まなの驚愕の声で彩られる。


 「ミーくん!? 一体どうしたの?」


 部屋を出て行って僅か数分である。

 だというのに、ミシェルはその小さな体をアチコチ切り刻まれ、全身を真っ赤に染めていた。

 意識はあるようで、弱々しい声でこう言った。


 「に、人形が……、攻めてきたんだ……」


 その言葉を裏付けるように、再び扉が開かれる。

 入ってきたのは、もう相当に見飽きた姿。

 ピッチリとした黒一色のスーツに、能面のような顔をした人形。

 ガラスのように美しくも生気のない瞳をぎょろりと動かして、真愛まなを見つめる。


 「幾度となく、送り込んだ人形を壊してくれてどうもありがとう。お礼にオマエの大事なトモダチを傷つけてあげたよ」


 怒りと侮蔑、それに嘲笑の入り混じった声色で笑う人形。

 セシリアに大きな傷を負わせたのと同じ、感情を強く見せるタイプの人形だった。

 人形は、ヘラヘラと緊張感なく笑って、傷だらけのミシェルを踏みつけようと足を上げた。


 「あん?」


 だが、その足がミシェルの小さい頭を踏みつけることはなかった。

 棒状の光が、上げたはずの足を貫き床に縫い付けていた。


 「あーしの目の前で、ンな舐めたコト出来るとマジで思ってンの?」


 いきなり、首根っこを鷲掴みにされる。

 そのまま、乱暴に一度床にたたきつけられて引きずられながら部屋から排除される。

 

 「マナ!!」


 「コイツはあーしが潰しとくからさ、ゴメンだけどミーくんをお願い」


 真愛まなはそれだけ言うと、振り返ることなく部屋を出ていく。

 痛む体を動かしながら、セシリアは小さく呻くミシェルへとゆっくり歩み寄る。


 「ミシェル……大丈夫か? ッつ……!」


 「はぁ……はぁ……、ボクなら大丈夫だ。あの人形、人質にでもするつもりだったのか表面的なキズだけにしていったよ……」


 そう言って、ミシェルは血まみれの体を動かしながら、近くの棚から魔法薬を取り出す。


 「お、おい! ここで脱ぐのか!?」


 傷は全身に及んでいる。

 当然、纏っている服を脱がなくては魔法薬を塗ることはできない。(もっとも、ほとんどボロきれ同然なので衣服としての用は成していないが)

 女性であるセシリアの前だというのに、構わずに服を脱ぎだすミシェル。

 医療行為だとわかっていても、それはそれで焦るものである。


 「気にするなよ。ボクの体なんて、大して魅力があるわけでもないだろう?」


 セシリアがそうだと言うわけではないが、実際の所、少年の裸体に性的興奮を覚える者がいるのも事実。

 天才と謳われながらも、やはりそう言った『深い』ところの趣味には疎いミシェルだった。


 「それよりも、マナの方は大丈夫だといいけど……」



 ――引きずる人形の体を、真愛まなは乱暴に放り投げる

 研究所の外。

 まだ、ある程度は人の往来もあったが、その異様な光景に蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 小さくなる悲鳴を聞きながら、苛立った様子で真愛まなはよろよろと立ち上がる人形を睨みつける。


 「マジでウザいからさぁ、いい加減でこの国に来ンのやめたら? どうせ勝てないンだし」


 「ハハハ、言ってくれるね。まぁ、恐らくは事実なんだけどさ。でもさぁ……!!」


 人形の姿がブレ、そのすぐ瞬間に真愛まなの背後に冷気を纏った爪を尖らせ迫っていた。

 風を切る音と共に、鋭利な爪が長く伸びる。

 時速にすれば、約五〇〇キロ。目にも留まらぬ速度の刺突が真愛まなの体を刺し貫く。

 

 「あん?」


 首をかしげたのは人形の方。

 確かに、目の前で憎き勇者は自身の爪によって貫かれている。

 だというのに、肉を刺すあの柔らかな感触が一切感じられなかった。さらに、真愛まなの方にも一滴の血も流れていない。


 「どこ見てンの?」


 声は頭上から聞こえてきた。

 人形が顔を上へと向けるのと同時に。

 燃え盛る火焔を纏った蹴りが、真っ直ぐ流星のように降り注いできた。

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