騎士、目覚める。
「う……」
鉛で覆われたような、鈍く重たい瞼をゆっくりと開く。
それだけで、途轍もない体力を消費してしまう。
上手く効かない視界の中で、セシリアが見たのは覚えのない天井。そして隣には、あの記憶喪失の少女がスゥスゥと小さな寝息を立てていた。
「ここは、ミシェルの……?」
自分がなぜここにいるのかわからなかった。
思い出そうとすると、記憶が明滅して全身を重たい疲労が襲う。
小さく呻いて、セシリアは頭を押さえる。
「おや、お目覚めかい? そろそろだと思ったよ」
扉が開いて、ミシェルが入ってくる。
手には小さなトレイを持ち、その上には病人用なのだろう、胃に優しそうな食事がいくつか並べられていた。
「ムダにならない様でよかったよ」
「私はなぜここにいる……? それに、この全身の倦怠感は……」
ベッドから立ち上がろうとして、よろけるセシリアをミシェルが優しく抱きとめる。そのまま、再びベッドへと戻される。
そして、スープに浸されてふやけたパンを口に突っ込まれる。
「病人が無理をするのは禁物だよ。ただでさえ、十日も眠っていたんだ」
「十日!? 何がどうなって……う」
わけが分からなかった。
十日も眠る状況に陥るなど、何をすればそうなるのか皆目見当もつかなかった。
「覚えてないのかい? キミは騎士団たちやマナを守るために、人形の自爆を身を挺して庇った――らしいよ?」
見たわけではない。
「まぁ、それよりもだ」
病人食を食べさせながら、ミシェルは小脇に抱えたカルテの方に意識を向ける。
「術後の経過はどうかな? 体力は相当に消耗してるから疲労感はあるだろうけど、痛みとかはどんな感じだい?」
「手術……? 私は手術をしたのか? だが、どこにも傷がないようだが……」
背中に手を回したり、服の胸元から覗き込んだりしてみるが傷らしき痕跡は確認できない。
言われなければ、手術をしたなどと思いもしなかっただろう。
痛みだって、ずっと寝ていたことによる鈍痛以外は特に感じなかった。
「ふむ……流石は勇者と言ったところかな。キミのオペを行ったのは、あのマナなんだ。そうでもなければキミは死んでいたろうからね」
自身も思い返すように、ミシェルは手術の様子を話し始めた。
メスに纏わせた氷の刃。
それによって、
その腕前たるや、本職であるミシェルすらも舌を巻くほどであった。
口ぶりから始めてだろうに、一切の迷いなく振るわれるメス。そして、その精密性と正確性はまさに神業。
十数時間を予測していた手術時間を大幅に前倒しして、ほんの二時間で済ませてしまった。
サポートを、と考えていたミシェルの出番などほとんどなかった。強いて言えば、切除する箇所や順番を指示したくらいであった。
「宰相だったっけ? 殺そうとして捕まったの。まぁでも、怖がる気持ちもわかるよ、あれは」
あの時確かに、ミシェルの心にあった感情は驚きや友が助かったことの安堵だけではなかった。
勇者の、
手放しでは決して受け入れることはできない、どこか底知れぬナニカを感じていたのだ。
「まぁ、嫉妬と言われればそうかもしれないがね」
「そうか……マナがそんなことを。そういえば、そのマナはどうしている? 無事でいるんだろうな?」
姿が見えない少女のことを聞くセシリア。
奔放で型破りな彼女のことである。十日も自由にさせていたら、何をしているかわかったものではない。
だが、セシリアの考えに反してミシェルの面持ちは、どこか重苦しかった。
「ああ、彼女ね。どうだろうか……ちょっと戻る時間はわからないな」
浮かない返事をした、その時。
病室の扉がゆっくりと開かれる。
「ただいま……あー、疲れた」
そう言って、入ってきたのは件の
見た目にも、疲労困憊といった様子で手近な椅子に腰かける。
そうして、たっぷり一〇秒ほどかけて長いため息をついてから、ようやくといった風にセシリアが目を覚ましているのに気が付いた。
「セシリー!! 目が覚めたのね。よかったぁ、あーしホントに心配したんだから」
目の端に涙をうっすらと浮かべて、ベッドの上のセシリアへと抱きつく
その姿は、年齢以上に幼さを感じさせるものだった。
「お、おい……いきなりどうしたんだ? それに、そんなボロボロになって……」
セシリアの言うように、
激しい戦闘を行った後のように。
「それで、人形はどうだった?」
「うん。やっぱり少しずつ強くなってる。あーしの敵じゃないけど、それでもまとめてこられるとちょっとメンドーかな」
「二人とも、何を言っているんだ? 人形が強くなるとか、どういうことだ……?」
完全に置いてきぼりで、蚊帳の外のセシリア。
心配させまいとしているのか、言い渋る二人にしつこく食い下がっていると、ようやく重い口を開いてこう言った。
「セシリーが眠っている間、結構な頻度で人形が襲ってきているの。それを、あーしが戦っているってワケ」
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