ギャル、治療する。

 「Ⅲ度熱傷だ。すぐに高度魔法薬による治療を行わないと、手遅れになりかねないな……」


 意識を失って、ぐったりと簡素なストレッチャーに横たわるセシリア。

 それを、バッグから様々な医療器具や薬品を取り出しているミシェルが淀みない手さばきで治療を施している。

 しかし、深部まで到達した熱傷は筋肉や脂肪のみならず、血管や神経までも焼いている。

 細胞の再生力を向上させる魔法薬では間に合わないほどの重傷だった。

 命の灯は消え入りそうなほどに弱っている。


 「やはり、緊急でオペを行わなくてはダメか……」


 その言葉に、ぎくりと体を震わせる者が一人。

 セシリアと違い、その体――いや、身に纏う服にすら一切の汚れもない少女、真愛まなが蒼白な顔でミシェルを見つめる。


 「セシリー、助かるんだよね……?」


 真愛まなだけではない。

 先ほどの戦いで、倒れていた騎士団員たちも、人形の最期に放った自爆によるダメージはほぼ見られなかった。

 

 それはなぜか。

 

 人形が炎熱の力を解放して、超強力な爆発を引き起こしたその瞬間。

 セシリアが自身の身を挺して、灼熱の烈火を抑え込んだのだ。

 本来ならば、半径一〇キロ圏内は焦土となるほどの威力を有した爆発。

 それを、防御壁の内側に押し込めて熱エネルギーを消費させ尽くそうとした行動。

 しかし、魔人が操る人形。その人形が持つ闇の火炎を完全に抑え込むことなど、どうあっても不可能だった。

 結果として、セシリアは打ち消せきれなかった炎熱の力をその全身で受けることとなり、その若く優れた命を散らそうとしている。

 後には、悲しみと絶望を抱いた友や部下を残して。


 「ねぇ……ミーくん……」


 「もちろん最善は尽くすさ。だが、普通の熱傷とは違うからね……楽観視はできないな」


 幼さの残る顔を曇らせながら、ミシェルは悔しそうに歯噛みする。

 セシリアの受けた熱傷は闇の魔法によるもの。

 普段通りに手術オペを行っても、恐らく快癒はしない。

 セシリアの体内に色濃く残って損傷させ続けている炎熱の力を取り除かない限りは、どれだけとを尽くそうとも無駄骨になってしまう。無駄骨になるだけならまだマシで、最悪症状を悪化させかねない。

 『若き天才』ともてはやされることも多いミシェルだが、打つ手のほとんどない現状に力なく壁を叩く。

 

 「お願い! セシリーがこんなになっちゃったのは、あーしのせいでもあるの。できることなら何でもする。だから、セシリーを助けて!!」


 一〇分ほど前に、瞼を泣きはらした真愛まなが何とか残った地下室の扉を破壊しかねない勢いで飛び込んできたときには面食らったが、それだけ彼女にとっても大きな存在だということ。

 話を聞く限りでは、相当な距離を移動してきたらしかった。

 それでも、服や髪に汚れがないのは流石は勇者の技量、と言ったところだろうか。


 「そうか……キミは勇者だったな……」


 そこで、ミシェルはふと考える。

 彼女の持つ勇者としての才。そして、それに由来する法則フォーマットの違う魔法。

 

 「最初に言っておく。これは、とても分の悪い賭けだ。だが、セシリアを救うには現状、他に打つ手がない」


 今まで、試したことなどない方法。

 上手くいく保証は、一切ない。


 「やる。どれだけ確率が低かったって、あーしが絶対に一〇〇パーセントに引き上げてみせる」


 即答した。

 このまま迷って、手をこまねいていてもセシリアの容態が良くなることは確実にない。むしろ、命を刻一刻と削るだけである。

 ならば、今できる最善策を施す。

 

 「わかった。ならばすぐに始めよう」


 案内されたのは、全面が薄いブルーのタイルで張り巡らされた一室。

 かなり広く取られた空間に、様々な薬品や器具が置かれている。

 だが、真愛まなの知るいわゆる手術室とは、大きく違う印象を与えていた。

 その部屋は、言うなれば『儀式場』という表現の方がむしろ当てはまるだろう。

 置かれている器具も、どこか古めかしく、またおどろおどろしい意匠を持っている。


 「ここで手術するの……?」


 その不可思議な光景に、真愛まなはあっけに取られてしまう。

 魔法を使うであろうことは予測していたが、まさかここまでとは考えていなかった。


 「突っ立ってないで、これを着てくれ」


 手渡されたのは、簡素な作りの薄緑色の服だった。

 恐らくは手術着。

 言われたとおりに、それを着用してセシリアを挟んでミシェルの対面に立つ。


 「では、始めるぞ」


 台の上から掴んだのは、小さなナイフ――メスである。

 それで、セシリアの特に酷く熱傷を受けている胸部を切開していく。

 だが、不思議なことに血が流れない。普通の手術では、切り開いた口から夥しい量の血が流れ出てしまうものである。だから、輸血が必要不可欠なのだが、セシリアの体からは一滴の血も流れていなかった。


 「よし……、やはり力場の中心点はここか。マナ、心臓の表面に腫瘍のように張り付いている物体がわかるか?」


 そう言われて、真愛まなは切り開かれた箇所を見る。

 弱々しく脈動する心臓。その表面に、確かにどす黒い腫瘍のようなものが小さく蠢いている。

 そして、それからは何かが焦げるような、イヤな匂いが僅かに漂っている。

 

 「それが、セシリアを苦しめている元凶だ。表面的な治療は、全てソイツによって内側から無効化されてしまう。それをキミの力で除去して欲しい」


 「うん。で、でもどうやって……?」


 その言葉に、メスを一本手渡すミシェル。


 「これに、魔力を込めるんだ。氷属性の魔法。灼けつく悪しき力を払う、氷刃の魔法を」


 メスの切っ先をしばし見つめ、真愛まなは意を決したように魔力を込める。

 そして、静かにセシリアの心臓――その表面に巣食う闇へと氷の刃を突き立てた。

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