ギャル、お披露目。

 四〇〇気圧にも及ぶ、脱出不可能の超圧力の牢獄。

 そのはずなのに、叫び声と共に飛来した一筋の烈火の閃光は、その軌跡でも以てその圧力の檻を両断して見せた。


「な……、どうなっている!?」


 破壊と同時に、牢獄を形成する為に消費されていた魔力も、その繋がりを断ち切られる。

 後には、夥しい量の只の水だけが残っていた。


「マナ……」


「ヘヘヘ、助かったっしょ?」


 多量の水を頭からかぶって全身ビショ濡れのセシリアは、若干不機嫌そうな顔で真愛まなを見る。

 ダークブラウンのテンガロンハットの位置を微調整して、お気に入りの角度を見つけようとしている彼女は、袖の長いストライプブラウスにレザーのコルセットベスト。ブラウンのサロペットスカートに、アッシュグレーのブーツという出で立ちだった。胸元には、薄いブラウンのフリルタイが揺れている。


 「で? アイツがセシリーたちを襲ってるっていう敵?」


 「あ、ああ。かなり手ごわい、油断はするな……」


 敵意剥き出しで、人形を睨みつける真愛まな

 それは人形も同じ事。

 美しく透き通った、生気を感じさせない瞳で真愛まなを見つめながらこう言った。


 「オレの檻をこうも簡単に破壊するとはね。流石は勇者サマと言ったところか?」


 「なに、アンタ? あーしのことを知ってるの?」


 「ああ、一応はね!」


 言い終わるが早いか、人形は猛烈なスピードで真愛まなの背後を取る。

 黒いかすみのようなものが人形の手のひらに纏わりつき、それは一瞬の内に鋭い爪へと変じる。

 その爪からは、ほんの微かにスパークが走っている。


 「喰らいなッ!!」


 雷属性の魔法が持つ貫通力。

 それを闇の魔法で先鋭化させた爪。たとえ、厚さ五〇ミリの鋼鉄の壁だろうと易々と貫くだけの威力を有する。ましてや、人体など物の数にも入らない。

 『勇者』と言えど、その肉体は所詮は人間。

 先手必勝で攻めれば、攻略は容易い――はずだった。


 「残念。ちょっと遅いんじゃない?」


 クスリと笑って、真愛まなは展開していた防御壁で雷爪の一撃を軽く防ぐ。

 そのまま、驚いて固まった人形の顔面目掛けて回転蹴りを喰らわせる。

 弾丸よりも素早く迫るハイキック。

 ブーツの先に仕込まれた金属によって、その威力を飛躍的に高められた蹴りは人形の首をおかしな方向に捻じ曲げながら吹き飛ばす。

 巨木を大きくへこませ、そのまま力なく地面へと横たわる人形。

 だが、すぐに立ち上がって横方向へと跳ぶ。

 そのすぐ瞬間。

 一○○メートル近い距離を瞬時に詰めてきた真愛まなの雷爪が目の前を横切る。

 もちろん、真愛まなは闇属性の魔法を使えないので、『貫通力』だけで見れば人形のそれよりも大きく劣る。

 しかし、自身と同じ攻撃をほんの一瞬見ただけで近似値を繰り出す。

 その光景は、人形を大きく動揺させるには十分すぎるほどに効果的だった。


 「クッ……舐めたマネをしてくれる!」


 怒りの感情を剝き出しにして、歯を食いしばる人形。

 手に収束させるのは風の魔法。

 放たれたそれは、無数に分裂していきそれぞれが必殺の威力を有する刃となって真愛まなへと迫る。

 斬撃力を先鋭化させた風属性の魔法。それも、先ほどの雷爪よりもさらに特化的に先鋭化させていた。

 通常の障壁程度では紙切れほどの意味も持たない、恐るべき風刃。

 同じ、闇属性の魔法で先鋭化させた対魔法障壁でもなければ防げないその刃は、真愛まなの肉体を幾千にも切り刻もうと全方向から襲う。


 「悪いけど、それも通せないんだよね」


 真愛まなの体から吹き荒れる烈風。

 それは、四本の巨大な竜巻となって迫る風刃を飲み込んでいく。

 もちろん、本来ならばそんな風程度斬り裂いて然るべき威力はある。

 だからこそ、目の前の光景は人形の怒りを削ぎ、恐怖と困惑へと変えていく。


 「な……どうなっている!? 通常魔法で破れる魔法じゃないぞ……!?」


 「難しいことはあーしにはわかんないけどさ」


 だから、反応が遅れた。

 ハッとした時には、もう拳が眼前まで迫っていた。

 回避はもちろん、防御だって間に合わない。

 恐怖と困惑の表情のまま、灼熱の火焔を纏った拳が人形に叩き込まれる。


 「せっかくの、おニューの服なの。そんなソッコーでキズ物にするはずないじゃん」


 「な……何を言って……?」


 言葉の意味は、人形にはほとんど理解できなかった。

 だが、恐らくは戦いとはほぼ無縁なことを言っているということはわかった。

 それがわかったからと言って――むしろわかったからこそ信じられなかった。

 服がどうこうで、自分がここまで追い詰められているという事実に。

 そして、恐らくはここで自分は破壊されるであろうということを。


 「ふざ……けるなッ!!」


 だから。

 人形は再び怒りを内に燃やす。それは、半ばヤケを起こしたようなもの。

 どうせ負けるのなら、できるだけ被害を大きくして負ける。

 狙ったのは、攻撃が通らない『勇者』ではなく周囲の、セシリアを含む騎士団たち。

 内に、炎の持つ炎熱を先鋭化させた闇魔法を抱えてそちらへと迫る。


 自爆。


 考え得る中で、最善でありながら最も愚かな悪手。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、人形の体が爆熱に飲み込まれていった。

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