騎士、屠る。
荒い息遣いと共に、
人生で経験したことのない、疲労感と倦怠感が全身を襲う。
フラフラと足元がおぼつかず、立っているのがやっとの状態だった。
「魔力の過剰消費……」
駆け寄って、肩を貸したミシェルがぼそりと呟く。
全身で呼吸をしなければままならない、少女の様子はまさにそれだった。
魔法を行使する際に、必ず消費しなければならない物。
『魔力』。
体中を循環する生命エネルギーを、呪文というプログラムに適合するように精製した力。
それは、体力と同様に、使っていけばいずれは底をつく。
その多さは個々人により異なるが、消費量を回復量が上回る事例はミシェルの知る限りでは聞いたことがない。
もちろん、勇者たる
魔獣アラクネー、
今日だけでも、それだけの強敵と連戦を重ねてきている。
むしろ、ここまで戦えたのだって驚愕に値する。
「あの男は……?」
気怠そうに、ゆっくりと呟きながら虚ろな瞳を動かす
たったそれだけの行為でも、全身を鉛で押し固められたような重さに苦しめられる。
まさに限界。
もはや根性だけで意識を繋いでいるも同然だった。
だが、絶望は終わらない。
あれだけの熱量の爆発を受けても、男は未だ生きていた。
まったくの無傷、という訳にはいかず、全身あちこちに傷と焦げ。左腕は肩からゴッソリともがれて、ドクドクと音が聞こえそうなほどに血を噴きだしている。
だが、それでも男は一切表情を変えることなく、能面のような顔を
「ハイ……ジョ」
ボトボト、と口元から血の混じった唾液を零しながらそう言った。
まるで、怪我などしていないかのように。
先ほどと全く変わらぬ動きで、距離を詰め残った右腕を黒く輝かせる。
狙うのは当然
漆黒の閃光が、まだあどけなさすら残すミシェルの顔を吹き飛ばすその直前――
「させるかっ!!」
ミシェルの頬が、ピッと小さく裂ける。
そこから流れる、細く赤い一筋の線。
螺旋を描いて荒れ狂う暴風が、ミシェルの後方から突き抜けていったのだ。
頬が切れたのは、ほんの僅かに掠めていったから。
セシリアが剣より放った烈風の刃が、今まさに解き放たれようとしていた漆黒の閃光を防ぎ、男を弾き飛ばす。
たっぷり五〇メートルは転がり、打ちつけられただろうか。
今までの、冗談みたいな防御力が嘘のように、男は小さく痙攣してその場から動かない。
「悪いな……咄嗟だったから、少しだけ手元が狂った」
「いいや、気にしてないさ。あれだけの威力だ、これくらいで済むなら、ツリで豪邸を建てられるよ」
冗談めかして、小さく首を振る。
実際、あれだけの威力の風属性魔法が至近距離を掠めればタダでは済まない。
土の牢をブチ破って、そこから全力で放った魔法で、頬をちょっぴり切った程度で済むならばまさに神業だった。
そんなことよりも、気掛かりなのは魔人の男。
「死んでいる……?」
「と、言うよりも壊れている、と言った方が正確だろうね」
もう痙攣もしなくなった男へと近づいて、ミシェルはそう分析した。
結論から言うと、男は魔人ではなかった。
より正確には、『生命体』ではなかった、と言うべきか。
戦闘用に造られた、魔法人形。
あちらは瓦礫などで構成された兵器だが、こちらはその全てが生身の
それに、強力な闇の魔力を注がれて操られていたのだ。
「人形があそこまで異常な防御力を発揮できるのか?」
「それについては……コレがそのカラクリみたいだね」
そう言って、ミシェルは人形の首元に刻まれた魔法陣を指し示す。
そこに記されていたのは、対魔法用の結界を展開するための呪文の羅列。
「そうか、それを闇属性の魔力で……」
闇属性の魔力。
それは、ゲームやマンガに登場するような黒いエネルギー体で破壊活動を行う様なものではない。
それ単体では、ほとんど意味をなさない代物なのである。
別の属性の魔力が持つ特性を、一方向に極端に先鋭化させるという効果を有する、特殊な魔力なのである。
例えば、炎属性の魔力が持つ炎熱の特性などがそうである。
そして対魔法用の結界も、その魔法に対する防御力を先鋭化させて、魔力攻撃に極端に強くして運用していたのだ。
代わりに、物理的な衝撃には非常に脆弱になってしまう。
ちょうど、セシリアの攻撃によって地面を転がっただけで機能を停止してしまうように。
「しかし……、コイツが魔人の正体だったという訳か?」
「それはどうだろうね?」
あれこれと、もう動かない人形を調べながらミシェルは言う。
この人形には、遠隔操作に必要な魔法陣が刻まれていない。つまりは至近距離でしか操れない、と言うことになる。
「魔力の反応自体は、コレからなんだろうけど……本体は別にいるのかもね」
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