ギャル、出かける。

 「それで……、あの子への疑いは晴れたんでしょうね……?」


 フラフラになりながらも、真愛まなの気がかりはその一点のみ。

 ほとんど倒れこむような形で、セシリアの胸ぐらを掴むと、そう詰め寄った。


 「あの少女が、人形を操作していた本体ではない、と言う確たる証拠はない。だが……」


 「あの人形に刻まれた呪文で、地下から操作するのは難しいだろうね」


 ミシェルが言う。

 人形は極至近距離でしか操作を受け付けない、言ってみればロボットのような仕組みで動作している。

 ミシェルの研究所(もう家屋部分は戦闘の余波で跡形もないが)の地下から操作しようとすれば、その精度は大幅に落ちることになる。

 砂漠の砂一粒に、ダーツを命中させるが如く。つまりは、ほぼ不可能だということだった。


 「ただ、そうなるとこの人形を操っていたヤツはどこにいたんだろうかって話に……って、聞いてないし」


 すでに限界を大きく上回っていたのだろう。

 少女への疑いがほとんどなくなったのを聞いた真愛まなは、その安心感から急速に意識が遠のき、そのまま深い眠りに落ちてしまっていた。

 スゥスゥと小さく寝息を立てる姿は、先ほどまで苛烈な戦闘を行っていた者と同一人物とはとても思えなかった。


 「で、どうするんだい? ジャマ者はいなくなったけど、このまま拷問紛いの調査を続行するのかな? 騎士サマ」


 「まさか。私は負けた身だ。それぐらいの礼節は弁えている」


 そう言いながら、セシリアは足に風を纏い始める。

 人形は始末したが、未だこのクアージャではアラクネーがあちこちで暴れている。

 それへの対応に彼女は戻らなければならない。

 重たい足を、無理やりに動かしながら騎士団長リーダーは再び空へと跳んでいった。


 「頑張るねぇ……真面目と言うか、なんというか」


 

 クアージャ襲撃から、三日が経過した。

 幸いに、アラクネーの集団は人形が影響を与えていたのか、倒した後はかなり弱体化していて騎士団でも十二分に対処できた。

 アルメリアへの報告も、人形の撃滅と本体の再調査という形で済ませることが出来た。

 それからは、魔人はもちろん魔獣の出現も報告されていない。以前よりも警戒を厳としている状況でもだ。

 もちろん、気を抜くことはできないが休息も必要。

 と、言うことでセシリアは三日ぶりの休みを王女から半ば強引に取らされて、暇を持て余していた。

 なにせ、鍛錬等も禁止されて、完全に体を休めるようにと『命令』されてしまったのだ。


 「……釣り、という気分でもないしな」


 セシリアの数少ない趣味の一つは釣りだった。

 川でも海でもどちらでも、というより釣れなくともよかった。

 ただ、糸を垂らしてのんびりとした時間を過ごす。それが、日々激務に追われる彼女の、一番贅沢だと考える時間の使い方だった。

 しかし、いつまたこの街に襲撃があるかはわからない。そんな状況で、街を離れるのは流石に憚られる。

 その為、仕事は完璧と言っていいほどにできる騎士団長リーダーは、休息の仕方について途方に暮れる有様、という訳だった。


 「うむ……、何をするか……」


 必要最低限の物しかない、女性の部屋にしては殺風景すぎる自室の椅子に腰掛け、思案するセシリア。

 ――せっかくもらった骨休めの日。有効に利用しなければ、王女殿下に申し訳がない。

 そんなことを考えながら、頭を悩ませる。

 しかし、休みの日は別に何かをしなければいけないわけではない。そんなことも気が付かないくらいに、生真面目な彼女であった。


 「セシリー、いる?」


 そんな、退屈な時間をセシリアが過ごしていた時。

 ノックの音と共に、自身を呼ぶ声がした。

 声の主は真愛まな

 戦いの後、意識を失って丸一日寝込んでいた。

 そして、目が覚めると凄まじい食欲で、食堂の食べ物を食べまくったらしい。

 担当のコックが、驚きと呆れが入り混じった微妙な顔で語っていた。


 「どうした?」


 ドアを開けると、今までとは違う装いの彼女がいた。

 『制服』、と真愛まなが呼んでいた恰好ではなく、騎士団員に支給される服を着ていた。

 簡素なライトブラウンのシャツと、深い紺色のデニムパンツ。

 必要最低限、といったその恰好であっても、彼女のスタイルの良さもあってそれなりに様になっていた。


 「ヒマしてんでしょ? 街にショッピングに行こうよ。こんなカッコじゃつまんないからさ」


 「……体は大丈夫なのか?」


 別に心配しているわけではない。

 聞いた話では、随分と元気に動き回り、街の盛り場にも出かけている様子。

 そんな、活発な彼女に付き合うのは単純に疲れそうだったのだ。


 「あーし? 全然ダイジョーブ! それよりさぁ、オシャレな服売っている場所知らない? 城のみんなに聞いても、あんまりいい答え返ってこないんだよねぇ」


 「それで私を? どう考えたって人選を間違っているだろう……」


 セシリアは、『オシャレ』というものに興味はない。

 それは、部屋を見れば一目瞭然である。

 衣服も含め、道具は実用性があればそれで充分。

 真愛まなが望むような、『オシャレ』な店など調べたこともなかった。

 

 「ふふーん。そんなことを言っても、あーしにはわかるんだから」

 

 だが、真愛まなの嗅覚はしっかりと嗅ぎつけていた。


 「セシリーには興味がなくても、そういう着飾らなければならない場面はある……でしょ?」


 「む……」


 図星だった。

 セシリアは騎士団のトップというだけではない。王女の側近としてそばに立つ、近衛侍女メイドでもあるのだ。

 当然、実用性皆無な見た目だけに振り切った衣服を纏わねばならないこともある。


 「やっぱりね。しかも、お姫サマと一緒になるんだから、既製品なわけないよね。これは相当なイイお店を知ってると見たわ。じゃあ決まりね、早速しゅっぱーつ!」


 「お、おい。私はまだ何も……」


 腕を引っ張られて、ほとんど強引に外へと連れ出されてしまったセシリアだった。

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