ギャル、護る。 part3

 漆黒の閃光が空から迸る。

 それは、真愛まなたち三人へと降り注ぎ飲み込んでいく。

 しかし、その閃光は三人の命を奪うことはなかった。


 「ヤバぁ……、何いきなり」


 防御壁を展開して、閃光から身を守った真愛まな

 飛来した方向を睨みつけるが、そこには何の姿もない。

 だが、セシリアだけはそれが何かわかっていた。


 「魔人だ……魔人の攻撃だ!」


 カチカチと、体が僅かに震えていた。

 炎熱の特性を極端に先鋭化させた魔法。

 覚えのあるその魔法に、抑えようとしても恐怖が湧き上がってくる。まるで、足元を這いまわる夥しい蟲のように。


 「魔人……って、どこから?」


 どこを見回しても、魔人どころか鳥一匹見えない。

 しかし、それは突然来た。


 「伏せろ!!」


 ミシェルが叫んでいなければ、頭を吹き飛ばされていただろう。

 猛烈な速度の、黒い熱線が真愛まなの頭上を掠めていく。

 髪の焼ける、とても嫌な臭いが彼女の鼻を突く。


 「あぁ!! あーしのカミが……!」


 焼け焦げたのは、毛先のほんの数ミリ程度。

 しかし、オシャレが何よりも好きな真愛まなにとってほんの数ミリ、それどころかほんの数ミクロンであっても自分の思惑と違う状況にされるなどあってはならないことだった。


 「フフフ……いいわ。あーしを怒らせたこと、マジで後悔させてやるんだから」


 凶暴な笑みを浮かべ、『勇者』は天空へと手をかざす。

 

 太陽が増えたのかと錯覚を起こすほどの爆発が起きた。


 凄まじい灼熱の連爆が空を覆い尽くす。

 おおよそ二〇メートル四方は炎に覆われ、その向こうを見通すことはできない。

 まるで、爆発の天井だった。

 

 「魔人だか、なんだか知んないけど、さっさと出てきなさい!!」


 怒りのままに叫んで、さらに広範囲を爆撃していく真愛まな

 その時、一瞬ではあるが広がる爆発の中に小さな揺らぎがあった。


 「! そこ!」


 一瞬で、広範囲の爆撃は止み、その小さな揺らぎへ向けて灼熱のエネルギーは収束を始める。

 空を覆い尽くすほどの範囲と威力を、一点に凝縮した火焔の光線。

 直径五センチほどにまで収束された、超高温の熱線は精密に揺らぎの正体――不気味な男を撃ち落とした。

 ガシャ!! と鈍い音を立てて男が地面を転がる。

 身長はおおよそ一七〇センチほど。能面のような感情のない顔をこちらへと向けている。

 年齢を感じさせない不気味な顔立ち、ラバースーツのようにピッタリとした服装。

 摂氏二〇〇〇度に迫る熱線を喰らい、それなりの高さから落下したというのに、一切の怪我なくゆっくりと立ち上がるその男に真愛まなも、流石に怒りを削がれる。


 「アンタが魔人なの……?」


 男は答えない。

 感情の全てを捨てたかのような、色のない瞳をギョロギョロと動かして周囲を『観察』している。


 「チッ……ヒトの質問にはちゃんと答えろっつーの!!」


 熱線が迸る。

 それは、男の胴体へと直撃する。

 触れた瞬間に、膨大な熱波と黒煙を周囲に撒き散らしながら爆発を起こす。


 「ウザ……あーしの髪焦がしといて、シカトまでするなんてマジでムカつく……」


 爆炎の奔流の中で、冷たい目をした真愛まなが呟いた。

 火焔の照り返しが彼女を妙に妖艶に見せている。

 魔人と思わしき男は殺した。

 よしんば魔人でなかったとしても、こちらの命を狙ってきた者。ろくでもない人物に違いない。

 とはいえ、少々やりすぎてしまったかもしれない。

 辺りは、一面が炎と黒煙に巻かれてセシリアとミシェルの姿もおぼつかないし、不気味な男の姿も見えない。

 まぁ、男の方は『焼ける』よりも早く『溶けて』しまっただろうから見えないのは当たり前だが。


 「(あーしって、水の魔法は使えんのかな?)」


 灼熱の惨劇の中で、のんきにそんなことを考えながら手をかざそうとしたその時だった。

 ゴトリ、と何かが動く音がした。

 その音に、真愛まなの体が凍り付いたように固まる。

 爆風で壊れた壁が今更崩れた音かもしれない。焼けた柱が落ちた音かもしれない。

 普通ならばそう考えたであろう。

 しかし、真愛まなには確信めいた予想があった。できるならば外れて欲しい予感が。

 だが、そんな思いを裏切るように、ガラガラとより激しさを増して音は響き渡る。

 さらに。

 ビュウ!! と一陣の風が吹き荒れ周囲の火と煙を吹き飛ばす。

 飴細工のように溶けてひしゃげた金属の扉、壁や地面は真っ黒に焦げ付く、火焔と黒煙が支配する空間の中で、ただの一つの傷もなく男が立っていた。


 「マジで……?」


 怒りよりも恐怖。

 摂氏二〇〇〇度に迫る熱線の直撃を受けて、なんのダメージもない。

 そんな途方もない存在に、恐怖心を抱かないはずがなかった。


 「……ハイジョ」


 男がニヤリと笑った気がした。

 あっという間に距離を詰めると、男の手のひらが真愛まなの眼前で開かれ黒く輝く。


 「マナ!!」


 その叫びが間に合うことなく、男から放たれた閃光は真愛まなを黒く包み込む。

 炎の持つ、炎熱の特性を先鋭化させた黒き閃光。

 摂氏五〇〇〇度にも及ぶ、灼熱の奔流が迸る。

 炎熱に特化させたため、周囲に温度が伝播することはなくただひたすらに真愛まなだけを灼いていく。


 「く、く……っざけんじゃないわよ!!」


 しかし、それだけの炎を以てしても、真愛まなを焼き殺すことはできなかった。

 同じように、灼熱の火焔によって閃光を防ぐ。

 その温度は摂氏八〇〇〇度を超え、もはやプラズマと化していた。

 

 「こ、の……クソバケモノがぁッ!!」


 障壁として展開していたプラズマのシールドが、形を変えて男を包み込んでいく。

 そのままプラズマは全体を覆っていき、空中へと高く昇っていく。

 真愛まなが、そのプラズマ球を睨みながら右手を強く握り込んだ瞬間。

 眩い光が空を覆い尽くした。

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