ギャル、護る。 part2

 腐り落ちた、扉の金属片が甲高い音を立てる。

 それを合図に、猛烈な風が巻き起こり真愛まなのアッシュブラウンの髪を揺らす。


 「はあっ!!」


 「!!」


 一瞬。

 時間にして、〇.一秒もないほどの瞬間で五メートルほどの距離を詰め、烈風を纏った剣を上段に振り上げたセシリアが迫っていた。

 まるで、チェーンソーのように超高速回転する風の刃。荒れ狂う暴風は、触れただけで肉をズタズタに引き裂き、途轍もない苦痛を与える。


 「冗談キツいって!!」


 中空に、六角形の土で構成されたパネルのような物が、真愛まなの目の前にいくつも出現した。

 それは瞬時に組み合わさり、大きな一枚の盾となる。

 その直後に、地面が隆起してちょうどその盾とほぼ同質量の土が減っていく。

 

 大地属性の防御魔法。

 周囲の土を利用して、強固な防御壁を造り出す魔法。

 盾が構成されてから、周囲の土が消えていくのは真愛まなの特異性故のもの。


 結果として、振り下ろされた風の刃を防ぐことに間に合った。

 盾にぶつかり、風の刃はガリガリと激しい音を立てている。

 だが、その強固な防壁を突破するには至っていない。


 「あーしを殺す気?」


 「大人しく手を引けば、痛い目には合わないぞ」


 舌打ちを一つ。

 真愛まなは、セシリアを睨みつけながら腕を振るう。

 セシリアの左右の空間が歪んでいき、超高温の火球が生成されていく。

 摂氏一五○○度の火球による挟撃。

 挟みこむようにして、撃ちだされた二つの火球は互いにぶつかり合い、喰い合うように爆発を起こす。

 激しい爆風が土煙を巻き上げ、真愛まなの視界を奪う。


 「油断するな!」


 そこへミシェルの声が響く。

 考えるよりも早く、真愛まなはその場から転がるように離れる。

 一瞬遅れて、螺旋状に風を纏った剣が深々と突き立てられる。

 ほんの刹那でも判断が遅れていれば、今頃地面と一緒くたになって血肉と泥のジュースになっていただろう。


 「セシリア……!! そうまでするか!!」


 「悪いが、手を抜ける相手ではないんでな」


 言葉の通り、セシリア優勢の状況に見えるが実際はその逆。

 魔法のいろはも、戦闘の技術も、なにも知らないずぶの素人相手に、騎士団の長たる自身が本気で挑まなくてはならない。

 少しでも手を緩めれば、その瞬間に足元を掬われて敗北するだろう。

 実際に対峙してわかる、『勇者』の底知れぬ力。

 宰相が恐怖で壊れてしまうのが改めて理解できる。

 本能が、危険だと告げている。


 「マナ、頼むからそこをどいてくれ……!」


 「ダメね。成り行きとは言え、あーしも勇者。目の前で苦しむ人がいるのを放っておけないから」


 真愛まなの、両拳に火焔が纏われる。

 一瞬で距離を詰め、その燃える拳を連続してセシリアへと突き出す。

 灼熱の高速ラッシュ。

 その速度は、燃え盛る火焔がオレンジ色の軌跡ラインにしか見えないほどだった。

 ギリギリの紙一重。

 迫る拳を、何とか躱せてはいるがそこが限界。

 避けるだけが精いっぱいで、反撃の糸口が見つからない。

 

 「だったら……!!」


 見つからないのなら、無理やりにでも作るまで。

 セシリアは、自身の腕へと風を螺旋状に纏わせると迫る拳を受け止める。

 激しい竜巻で作り出す、風の籠手。

 しかし、摂氏一五〇〇度に迫る超高温に加えて、超高速が加算された拳は即席の風の籠手など容易く貫く。

 その下の、鋼鉄の籠手すらも砕きセシリアの美しい柔肌を灼いていく。


 「くぅ……!!」


 「ウソ……!?」


 灼けた腕に回復魔法を施しながら、無理やり受け止めるその姿に、顔色を変えて怯む真愛まな

 想像を絶する苦痛が、セシリアを襲っているはずだが彼女は止まらない。

 そのまま、燃え盛る真愛まなの腕を掴み取ると思い切り投げ飛ばす。

 そこへ、追撃の風のダーツを数本飛ばす。

 衣服の端を捉えたダーツは、そのまま建物の壁へと突き刺さり真愛まなを縫い留める。

 あっ、と思った時には眼前に剣が突きつけられていた。


 「ハァ……ハァ……私の勝ち、だな」


 左腕が訴える苦痛に顔をしかめながら、勝利の宣言を告げるセシリア。

 ここからの逆転はない。

 今のセシリアの剣よりも早く魔法を行使するなど、いくら真愛まなでも不可能。

 そう思っていた――


 「それって、油断ってヤツじゃない?」


 しかし、真愛まなの瞳には諦めの色はなく、むしろより強い闘志を持って燃えていた。

 それにセシリアが気が付いたときには遅かった。

 地面が崩落して、セシリアはバランスを崩す。

 勢いで振るった剣も、真愛まなの足元から隆起してきた防御壁によって防がれてしまう。

 その内に、周囲の土がどんどんと積み上がってセシリアを閉じ込める牢となっていく。


 「これは……!」


 「地面、メチャクチャにしちゃったけど許してよね」


 凄まじい強度で、セシリアが身体強化をしても一向に破れる気配のない土の牢。

 その上、ほとんど棺桶と変わらないほどの狭さで、迂闊に剣を振るえば自身が傷つきかねない。

 流石のセシリアでも、これ以上は手が出せなくなってしまった。


 「くっ……私の、負け……か」


 「やっと諦めてくれた……セシリー、強すぎなのよ」


 超強力な魔法の連発。しかも、セシリアと違って魔法に対する知識もない。

 つまりは、一切の消耗を考慮せずに行使してしまって、相当に疲弊していた。

 流石に疲れたように、土の牢のそばに座り込んでしまう。

 だが、状況はまだ、勇者を休ませる気はないようだった。

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