ギャル、護る。

 「これで……ラストッ!!」


 バラバラと、アラクネーの集団がまとめて吹き飛ばされる。

 轟々と燃え盛る火焔によって焼き尽くされ、周囲には炭化したむくろが散乱している。

 セシリアと別行動をとって、おおよそ三〇分ほど。

 ひっきりなしに襲ってくる大クモの群れをさばいているが、いい加減で飽き飽きしていた。


 「ハハ……、流石だね。あれだけ強大な魔法を連発しても、顔色一つ変わらないとはね」


 「いやいや、マジでダルいって……こんなキモいクモの群れなんて、もうイヤだってば」


 つまらなそうに呟きながら、服の汚れを気にする真愛まな

 調査が終われば風呂、という話だったが、それはまだまだ先になりそうだと思うと気が滅入ってくる。

 かと言って、今の状況でアパレルショップを探す、というのも憚られる。そもそも、店に人などいないだろう。


 「あーあ、セシリー早く戻ってこないかなぁ」


 メイド騎士が跳んだ方向を見つめながら、ポツリと呟く。

 この周囲のアラクネーは全滅させた。

 しかし、他の地域に出現した個体はどうかはわからない。

 対応に奔走しているであろうセシリアは、目途が立たなければ戻ってくることは難しいだろう。


 「しかし……、あの少女は無事だろうか……」


 腐食して、半壊しかかっている自身の研究所を見てミシェルが呟く。

 記憶喪失の少女を寝かせている部屋は地下にある為、アラクネー襲撃による直接的な被害はないだろう。

 薬の投与も、体調変化の記録も機械によって自動化されているので問題はないはずである。

 とは言っても、やはり安静が必要な患者。

 この襲撃がトリガーになって、精神に大きな影響を与えないとも限らない。

 できることなら、早く中へ入って安全を確認したいところではあった。



 その時、一陣の風と共に紺色のメイド鎧に身を包んだ騎士が降り立った。

 手には分厚い書物を持ち、悲痛な面持ちのセシリアはボロボロの研究所の扉を見つめる。


 「ミシェル、あの少女はまだ中か?」


 「ああ、そうだけど……随分と怖い顔して、何があった? それに、それは……」


 ミシェルの視線は、セシリアが持つ書物に注がれていた。

 それは調査用の魔道具デバイスの中でも、国宝級の代物だった。そして、『拷問具』と言い換えてもいい物でもある。

 調査対象を、超高精度で調べることが可能な反面、対象が生物であった場合は相当な苦痛を伴う――つまりは王国に入り込んだスパイを見つけるための道具。

 噂程度には聞いていたが、実物を見るのはミシェルも初めてだった。

 だが、その対スパイ用の魔道具デバイスを、なぜここに持ってきて、その上記憶喪失の少女のことを聞くのかすぐにはすぐには繋がらなかった。


 「……待て、キミはまさか……!?」


 「え? なになになに!? セシリー、一体何をするつもりなの?」


 険しい顔でセシリアの腕を掴むミシェル。

 だが、気にすることなく扉へと近づこうとするセシリア。

 冷たく、悲壮な表情のまま静かにミシェルの手を振り払う。


 「くっ……マナ! ソイツを止めろ!! セシリアはあのコを拷問にかけようとしている!!」


 「チッ……」


 「は!? ちょ、ちょっと待ってよ!」


 慌ててセシリアの前に立ちふさがる真愛まな

 流石に嘘だと思ったが、自然と体は動いた。

 困惑の表情のまま、真愛まなはセシリアへと問う。


 「ミーくんの言ったこと、ウソだよね。でなきゃ、何か勘違いを……」


 「……事実だ」


 一言。

 たった一言だけ、冷徹に告げるとメイド騎士は自身の役目を果たさんと歩みを進める。

 驚愕と困惑で固まった少女の横を通り過ぎようとした、その時だった――


 「待ちなさいよ」


 セシリアの肩を真愛まなが掴む。

 凄まじい力。

 一秒すら待たずに、セシリアの体が宙を舞う。


 「!?」


 空を見ている。

 一瞬の判断で、風の魔法を使って体制を立て直し、セシリアは真愛まなを睨みつける。


 「何のつもりだ?」


 「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!! それはコッチのセリフだっつーの! 助けた女の子をゴーモンするって聞かされて、あーしが黙っているとでも?」


 「助けたからこそ、何も言わない方がいいと思ったんだがな」


 セシリアは訳のわからないことを言いながら、腰から下げた剣を抜いた。

 一五〇センチ近い刀身がギラリ、と怪しく輝いて真愛まなへと突きつけられる。

 それは、力づくで押し通るという意思表示。


 「セシリア……!! キミは一体何を考えている!! あの少女だけでなく、勇者にまで刃を向けるなんて!!」


 「…………、あの少女は魔人が化けている可能性がある。それを調べるためだ」


 しばしの沈黙の後、セシリアは重い口を開いた。

 助けた少女が魔人だった。

 もしもそんなことになれば、真愛まなは少なからずショックを受けるだろう。

 純粋な彼女の心を傷つけないように、自分一人だけで事を進めようと考えたが、そうもいかなくなってしまった。

 咄嗟に剣を抜いたが、悪手であるのも理解していた。


 「今は黙って、そこを通してもらおう」


 「かもしれない……だけで、セシリーは女の子をゴーモンにかけるっていうの?」


 切っ先を向けられようと、真愛まなは怯まなかった。

 真っ直ぐに、強い意思を秘めた視線をセシリアに向ける。


 「セシリーなら、もっと上手いやり方だってできるでしょ! どーして、そんなヒドいことを……」


 「ひどい、か……フッ、どうやらキミは相当に平和な世界からやって来たらしいな」


 王国に仇なす者。

 それを『殺す』のが騎士団の役目である。

 『倒す』ではなく『殺す』。

 手心を加えて、王国を滅ぼすわけにはいかない。

 『魔人』とはそういう存在なのである。疑いの時点ですでに敵。

 それが、今回はあの少女だったというだけである。


 「私は騎士だ。この国を守るためなら、悪にもなる」

 

 「あーしだって一応勇者よ。間違ったやり方を、認めるつもりはないから」

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