騎士、疑う。 part4
本当にギリギリの紙一重。
セシリアのスラリと伸びた鼻先を、漆黒の閃光が突き抜けていった。
あと、ほんの数センチでも前に出ていたならば、きっと漆黒の奔流に飲まれて命を落としていただろう。
ジリジリと、焼けたような鼻の痛みに恐怖を感じながらも、閃光を放った者を探して降りるセシリア。
炎熱の特性を極端に先鋭化させた炎の魔法。
Ⅱ度熱傷を引き起こしている鼻先へと、絆創膏に治癒魔法を付与して貼り付ける。
明らかにセシリアを狙い撃ちにした攻撃。それも、彼女が王城へと向かうことを読んだ上でのもの。
「(魔人が近くにいるかもしれない……ということか)」
剣を抜き、風を纏わせる。
いつ何時、敵が迫ってくるかわからない。
少し薄暗い路地をジリジリとゆっくり歩きながら、警戒を強めるセシリア。
たった一人で魔人と戦っても、勝ち目があるかはわからない。
それでも、あんな威力の攻撃を見てそのままにしておく理由はない。
大恩ある主君が、その主君が大切に想う街が炎に飲まれるところなど見たくはない。
その想いは、剣を握るセシリアの手に力と熱を与える。纏う風も、その威力を静かに、しかし強大に増幅していく。
剣の形に渦巻くその竜巻は凄まじい気圧を有しており、数値で表すならばすでに九〇〇ヘクトパスカルを下回っている。すなわち、超大型台風を手に持っているのと同義だった。
それを、周囲に一切の影響なく構えていられるセシリアの卓越した制御能力を如実に表していた。
「先ほどの発射角ならば、この角にいるはず……」
曲がり角で身を潜めながら様子を伺う。
幼いころからクアージャに住んでいるセシリアにとって地形の把握など容易だった。
そして、この路地は行き止まりが多く、不便な場所。この曲がり角も先は行き止まりだった。
ここから出て来た者もいない。
つまり、セシリアを狙った犯人はまだこの通路の先にいるはずなのである。
「先手を取るっ!!」
転がるように通路の角へと走り、剣に纏わせた烈風を解放する。
圧縮した風が一気に解き放たれ、行き止まりの通路を荒れ狂う。
しかし、そこにいるはずの魔人の姿はなく、暴風は無常に吹き荒れるだけだった。
「な……!? 完全に一本道、空に逃れてもいないはずなのに……?」
最初は、設置式の魔法なのかもと考えたが、それではあの威力の説明がつかない。
設置式の魔法では、どうしてもその維持に魔力を割かなければならないので威力が低くなってしまうのだ。
だから、この場に誰かがいなければおかしい。
「これは……っ?」
いなければならないはずの存在。
それがいない理由がそこにあった。
焼け滅んだ村にあったのと同じ、転移魔法の跡。
とても小さく、すでに消える寸前ではあるが、確かに転移魔法の跡だった。
犯人は、恐らくこの穴を通って姿を消したのだ。
だとするのなら、それは恐ろしい事実を示している。
転移魔法の発動には、広大な儀式場が必要。とても、こんな狭く小さな袋小路で行使できるような魔法ではない。
転移先に指定するならまだしも、犯人はこの場からセシリアを攻撃して、ここから転移魔法で移動した。
「魔人との力量差ということか……ん、これは?」
ふと、消え入りそうな穴のそばで何かが蠢いているのが目に入った。
拾い上げてみると、それは焼けて煤けた布の切れ端――よく見れば服の袖口の一部分だということがわかった。
「なんでこんなものが……?」
焼け具合から見て、おおよそ二、三日が経過している。
しかし、ここしばらくクアージャで火災があった報告は入っていない。
「この布切れ、まさか……」
だが、セシリアにはその焦げた布に、一つだけ思い当たる節があった。
ミシェルの研究所で観測された魔人の魔力。そして、ここに落ちていた焼けた布切れ。
その二つから導き出される答えは、一つだった。
「あの少女、魔人が姿を……?」
あの記憶喪失の少女。
焼け滅ぼされた村から、このクアージャへ、さらにはミシェルの研究所に来たあの少女。
彼女の身に着けていた衣服は、ところどころが焼けていた。
ちょうど、セシリアの手の中の布切れのように。
もちろん、それだけで決めつけることはできない。
だが、今の状況は彼女を限りなく黒だと示していた。
「調べる必要がある……だが、今はっ!!」
今、この場に魔人がいないと言うならばいつまでもこんな狭くて暗い路地裏に留まる理由はない。
すぐさま風の魔法で跳び上がると、王城へと急ぐ。
王城はどこもパニック状態だった。
ここまで大規模に魔物の侵攻などなかったため、対応が完全に後手に回っていた。
「あ、セシリア! よく戻ってくれました。指揮系統がほとんど麻痺してしまって、騎士団もうまく動けないでいます。貴女が直接指揮を執っていただけますか?」
「そうしたいのは山々ですが……殿下、どうしても調べなければならないことがあるのです」
青い顔をしながらも、気丈に振舞う王女アルメリアに、セシリアは冷酷に言い放つ。
当然、王女の後ろに控えている従者たちからは非難の声が上がる。
――暴れている魔物はどうするのか。
――万が一、この王城に魔物が侵入したら誰が護るのか。
「黙りなさい!!」
雑音を掻き消す鋭い声が走った。
今までにないほどの鋭い目つきで、付き従うだけの従者たちを一喝するアルメリア。
その姿に、驚きと困惑の色をより深くする従者たち。
「で、殿下……何を……」
「セシリアはこの国の危機を身勝手な理由で放っておく人間ではありません。その彼女が、この現状を見ても尚優先しなければならないということは、それ相応の理由があるのです」
その言葉は従者たちを戒めると共に、セシリアをも強固に縛り付けるものでもあった。
麻痺した指揮系統を騎士団の長以外の者に任せての行動。それに見合うだけの結果を出さなければならない、と。
幼い身であり、さらに『王女』という立場でありながらも、国を一つ取りまとめる。
アルメリアの非凡な才の片鱗を感じさせる言葉であった。
「
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