騎士、疑う。 part3

 「ここが魔力の観測地点なの?」


 二人が報告の通りにたどり着いた場所。

 錆びたり、くすんだりした金属板と朽ちかけた木を組み合わせて造られたボロ小屋。

 見覚えのあるその建物は、昨日真愛まなが検査を受けた場所。そして記憶喪失の少女が眠る場所。

 つまりは――


 「ああ、ミシェルの研究所が一番反応が強いらしい」


 「まったく……厄介な話だよ」


 扉が開き、中から出て来たのは焼けた金髪の少年、ミシェルだった。

 イライラしたように腕組みの中で指を小刻みに揺らしている。


 「キミの部下がいきなり来て、魔人の魔力が観測されたとかで追い出されてしまったよ。その上、連中が帰っても中に入るな、だとさ」


 少年のそれとは思えないほどの冷たい瞳で騎士団の長を睨みつけるミシェル。

 勇者の持つ力の研究にのめり込んでいるところを邪魔されたせいで、相当にご立腹だった。

 だが、メイド騎士はそれに構わず、先ほどよりも分厚い羊皮紙を取り出して魔力を注ぎ込む。


 「確かに、残滓ながら非常に強力な魔力反応が見られるな……」


 「おい、無視するな。いつになったらボクは自分の家に戻れるんだ。まだ、あの少女も中にいるんだ……」


 二人が跳んだ。

 一瞬でその場から離れ、同じ方向を睨む。

 そしてその瞬間、研究所に毒々しい紫色の粘液が着弾した。


 「ヤバい! セシリア、風で周囲の空気を上に飛ばせ!!」


 言い終わらぬうちにセシリアは剣から竜巻を発生させてネバつく液体が纏わりつく箇所の空気を上空へと吹き飛ばす。

 シュウシュウと不気味な音を立てながら研究所の壁が融かされている、というよりは腐って劣化していっている。

 

 「腐毒だ……金属も腐食させるほどの高濃度の毒。チッ……ここまで強力な毒を使うなんて!」


 ズン! と上からその腐毒を放った主が降り立ってきた。

 アラクネー。

 先ほどの個体よりも小型だが、あの大クモが再び出現したのだ。

 カサカサと脚を小刻みに動かし、壁面を高速で移動しながら三人に迫ってくる。


 「クソッ! こんなところで……!」


 前脚の一本を振り上げ、剣を構えるセシリアへと攻撃を仕掛ける。

 身体能力を強化したセシリアの膂力りょりょくによって受け止められる脚による一撃。

 だが、それでも苦い顔をしたのはメイド騎士の方だった。

 あちこちで悲鳴が上がったのだ。

 それと同時に、黒い影が降り立っていくのが見える。


 「なっ!? まさか、あちこちで一斉に!?」


 強さとしては先ほどよりも大幅に劣る個体とは言え、それでも強力な中級の魔物であることには変わりない。

 それが同時に複数地点で出現したとなれば、相当なパニックと被害は間違いない。

 その上、騎士団の指令役であるセシリアがこの場にいてしまっては肝である連携がうまく機能しない可能性もあり得る。


 「ここは、あーしが引き受ける!!」


 二メートルに迫るサイズの、アラクネーの体を蹴り上げながら真愛まなが叫んだ。

 「早く!!」という彼女の声で、跳ねるようにセシリアは王城へと駆ける。

 風の魔法により、屋根よりも高く体を浮かせ、見下ろした街の被害はすでにかなりのものだった。

 腐毒によってあちこちが腐り、それによって発生した有害な毒ガスが命を蝕んでいる。

 その中で、チラホラと散発的にではあるが哨戒に出ていた騎士たちが応戦している箇所も見られる。

 だが、元々が三個小隊が必要なほどに強力な魔物。

 いくら大幅に戦闘能力が劣るとはいえ、四、五人で敵う相手ではない。


 「させるかっ!!」


 烈風が巻き起こり、前脚が騎士を吹き飛ばそうとしていたまさにその瞬間を狙い撃つ。

 丸刃のノコギリのような風が、脚と脚のちょうど節になっている細い部分を的確に斬り裂く。

 アラクネーが、感情のない八つの瞳をセシリアへと向ける。

 何を思うのかはわからない。

 脚を失った痛み、あるいは怒りか。

 七本の脚を小刻みに動かしながら、高速でセシリアへと迫る。

 壁面を不気味に動き回り、口元の鋏角を開くと毒々しい紫色の粘液――腐毒の塊を放ってきた。

 

 「遅い!!」


 強毒性の粘液はその効力を発揮するよりも早く、セシリアの叫びと共に剣に纏わせた烈風で以て、球状に覆われると空高く打ち上げられた。

 そして、振るった剣の勢いを殺すことなくセシリアは再び風を纏わせるとアラクネー目掛けて突き出す。

 螺旋を描く烈風が、開かれた大クモの口へと吸い込まれていき、その巨体ごと回転させていく。

 そのまま、柔らかい体内をメチャクチャに引き裂きながら暴れた烈風は糸を放つ尾部から突き抜けていく。


 「隙があれば、私一人でも何とかなるが……!」


 強固な外骨格と剛毛に覆われた体では、剣もろくに通らない。

 口か尾部へと正確に魔法を撃ち込まなければならない現状では、やはり複数人数での連携は不可欠となる。


 「私は王城へと戻り、騎士団の指揮を執る。お前たちは一旦、他の団員たちと合流して二個小隊以上での対応を厳としろ!」


 それだけ言うと、再びセシリアは風に乗る。

 残った騎士団員たちの声を背に、上空へと跳んで屋根伝いに直線距離を進む。

 王城へは、まだアラクネーは進行していない。

 だが、その光景にセシリアは一つの違和感を覚えた。


 「なんだ? 襲われているのは、王城から離れた地域がほとんど……?」


 放たれた十数匹の大クモの群れ。

 そのほぼ全てが、外壁に近い地域で暴れていたのだ。

 クアージャは、外壁によって円形に覆われた、周囲半径二五キロメートルの街である。

 その外壁近くに敵が集中すると、騎士たちの対応がどうしても分散してしまう。

 中央の備えが手薄になるのだ。


 「(……これはどう見ても、戦術……!)」


 とても本能と野性で動くだけの魔獣とは思えない行動だった。

 いや、一匹一匹の動き自体はやはり魔獣のそれだった。

 ただ、その配置が何者かの戦術を思わせるのだ。


 「やはり、魔人が入り込んでいる……!?」


 なればこそ、セシリアは王城へと急ぐ。

 暴れ狂う大クモが全て陽動だとするのならば、本当の狙いは『デアマンテ城』。

 纏う風に勢いをさらに強くするセシリアが、再び上空へと跳んだその瞬間――


 「……っ!?」

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