騎士、疑う。 part2

 「な、なんだと!?」


 騎士の言葉に、表情が一気に険しくなるセシリア。

 動揺、恐怖、困惑、焦燥。

 様々な感情がいっぺんに押し寄せてきて、脳での処理が追いつかなくなりそうなほどだった。


 「そ、それで被害はどうなんだ!?」


 ほとんど掴みかかるような勢いで、セシリアは部下へと詰め寄る。

 その姿に、今までの凛々しいメイド騎士の威厳は感じられなかった。


 「今のところ、被害は確認されていません。魔人本人ではなく、その魔力が観測されて……」


 その報告に、安堵したように息を大きく吐くセシリア。

 「そうか……」と、静かに言って足に魔力を溜める。


 「悪いが、私は先に戻っている。魔人が出たとなれば、国家存亡の危機だ。王女殿下とも対応を検討せねば……」


 真愛まなの方を一瞥して、「後でな」とだけ残して風の魔法で一気に姿を消す。

 地面が大きく抉れ、真愛まなも踏ん張らなければ倒れそうなほどの風を纏ったところを見るに、相当な速度で街へと戻ったに違いなかった。

 

 「ねぇねぇ、さっきから言ってる、そのマジンってそんなにヤバいの?」


 あれだけ強いメイド騎士が、軽くパニック状態になるほどの存在。

 しかし、真愛まなにはその恐怖がまだ理解できていなかった。

 だから、一緒になってセシリアに置いていかれた騎士へと聞いてみた。

 騎士の男は、セシリアによって飛ばされてしまったバックパックの中身を片付けながら答えてくれた。


 「魔人というのは、魔物の中でも一際強力な存在なのです」


 『魔人』

 騎士の男が語るところによれば、魔物というのは大別して二種類存在する。

 ひとつは、獣の野性と本能を宿し強靭な体躯を有する魔獣。

 高い身体能力を持つが、知性や知識はなく、自らの本能の赴くままに生きる、まさに魔の獣である。

 もうひとつが、魔人。

 非常に高い知性と知識、さらに莫大な魔力までをも有する魔なる人。

 人間と同じように文化と文明を持ち、遥か海の向こうに存在する『暗黒大陸』に住むと言われている。

 魔力により強化された肉体と、卓越した魔法技術。そして、その残虐性により、実力は単体で国家レベルとも噂される。

 

 「その魔人がこの国に攻めてきたってワケ?」


 話を聞いて、とにかく凄い強い奴と考えることにした真愛まなは、あまり危機感のない声色で聞いた。

 その反応に、「流石は勇者」となんだかヘンな感心をしながら男はさらに答えてくれた。


 「今はまだ可能性の段階ですね。と言っても、ほとんど確実ですけど」


 散らばった道具を全て仕舞い終えると、男はバックパックを背負って村を去ろうとする。

 真愛まなも男の後に続きながら、最後に焼け滅んだ村を振り返る。


 「あれ?」


 「どうかしましたか?」


 誰かがいたような気がしたのだ。

 焼け焦げた家屋の影。そこで誰かが動いたような気が。

 だが、今はもう誰もいない。いるはずがなかった。

 

 「ううん、なんでもない。それよりも、あーしたちも早く戻んなきゃね」


 そう言って、二人は急いでクアージャの道を進んで行った。



 「殿下! 魔人の魔力が観測されたと報告を受け戻りました」


 謁見の間の扉が勢いよく開かれ、飛び込んだセシリアが叫ぶ。

 神妙な面持ちのアルメリアと従者たちが、それを待ちわびていたかのようにしていた。


 「ご苦労でした。事態は急を要します。まずは魔人がこの街にいるかどうかの正確な把握と、実際に確認された場合の対処を……って、勇者殿はどうしたのですか、セシリア?」


 行動を共にしていたはずの勇者がいない。

 そのことに気が付いたアルメリアは、その所在を問う。

 事態が事態、ということもありネガティブな方向へと思考が偏りがちな状況。

 最悪のケースすら、デアマンテ王国王女の脳裏によぎったその瞬間だった。


 「きゃぁあああああああ!!!!!!」


 謁見の間に、陽の光をもたらすガラス窓。

 それを震わせるような叫びが響き渡り、そのまま何かが窓枠ごとバラバラにしながら飛び込んできた。


 「殿下! お下がりください!!」


 従者の奥に庇われ、さらにそこを盾になるように立つセシリア。

 剣を抜き、闖入者の方向を睨みつけるが――


 「痛つつ……、ヒドい目にあった……」


 「マ、マナ!?」


 そこにいたのは件の勇者、『四条真愛しじょうまな』。

 乱れた髪と衣服を直しながら、あちこちに付着したガラス片などを払っていた。


 「あ、アハハ……マジン? とかが出たって聞いて、早く戻ろうとしたらちょっちミスっちゃって……」


 皆が目を丸くする中で、恥ずかしそうに頭を軽くかく真愛まな

 身体能力強化の魔法で、一気にクアージャへと戻ろうとして制御を失敗したのだった。

 凄まじい筋力ではるか上空まで跳んだはいいが、着地地点のことを一切考慮しておらず王城の、それも謁見の間に落下してしまったのだった。

 ちなみに、魔人のことを報告に来た騎士の男は風の魔法で安全に街まで戻ってきていた。


 「勇者殿……次からは扉から入ってきてくださいね」


 引きつり笑いを張り付けたまま、それでもすぐに落ち着きを取りもどし従者に破片の片づけを命じる王女。

 そのまま、呆れ顔で説教をしている騎士と申し訳なさそうに小さくなっている勇者の方へと向き直る。


 「勇者殿が戻ったのは、まぁいいタイミングでした。早速で申し訳ありませんが街に出て、魔人の正確な情報の入手をお願い致します」


 「御意に」


 すぐに跪き、深く頭を垂れるセシリア。

 立ち上がると、真愛まなの肩を掴んで謁見の間を後にする。


 「あ、ちょっと待ってよ。おフロに入って……」


 「そんなことが出来るとでも……?」


 恐ろしいまでの笑顔で迫るメイド騎士の迫力に、真愛まなは何も言い返せずにすごすごとその後に続いていった。

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