騎士、疑う。

 「うぇ……、キモ」


 千切れとんだアラクネーの脚。

 その一欠けらを棒切れで突きながら、顔をしかめる真愛まな

 ちなみに、アラクネーの体のほとんどは火焔によって焼失してしまった。残ったのは、こうして最初に爆裂した脚の一部分のみである。

 

 「しかし……、なぜアラクネーほどの魔物がここに?」


 わずかに残った残骸を見つめながら首をひねるセシリア。

 かつて、幾度かデアマンテ王国領でもアラクネーが確認された事例はある。

 しかし、それはセシリアですら生まれる前、しかもこんな人里に近い場所ではなかった。


 「そんなヤバいヤツなの?」


 「相当にマズイ奴だった……んだがなぁ」


 軽く、隣の少女へと視線を向け感心したような、呆れたような溜息を一つ。

 記録の上では、アラクネーは騎士団二個中隊で対処した、と残っている。

 どれだけ少なく見積もっても、三個小隊は必須と言える魔物である。

 だというのに、たったの一撃でその強力な大クモを殺した真愛まなの力には改めて圧倒される。


 「(……結果が出力されてから必要な段階を踏む、か)」


 セシリアはミシェルの言葉を思い出していた。

 アラクネーの機動力。

 あの機動力は、完全にセシリアの魔法発動速度を凌駕していた。

 つまり、魔力を精製して、魔法陣という形をとった呪文にそれを読み込ませ、そこで結果として出力させるセシリアたちの方法ではアラクネーの動きには対応できない、ということである。

 だが、真愛まなの魔法ならば火焔の爆発という結果が先に世界へと出力される。

 それは、単純な速度ならば事実上無視できるということに他ならない。

 躱すには、どこに、何が、どのようにして出力されるかを事前に把握していなければほぼ不可能である。

 そして、中級とはいえ所詮は魔物。アラクネーにそこまでの知性も、知識もない。

 結果として、一撃で屠られるということになったのだ。


 「(まぁ、アラクネーを一撃で殺せる威力をあの時間で叩き出せるのも驚異的と言えばそうだがな……)」


 「ん? どうかした、セシリー? あーしの顔に何かついてる?」


 何も言わないで見つめてくるセシリアに、怪訝な顔をしながら自分の頬を撫でる真愛まな

 その内に、小さな鏡をポケットから取り出して汚れなどを確認している。


 「あぁっ! 首元んところ、ドロが跳ねてんじゃん……セシリー、ちゃんと言ってよね」


 ハンカチで首元の汚れを拭いながら、セシリアへと愚痴をこぼす真愛まな

 その様子だけを見ていれば普通の少女にしか思えず、ギャップにまた、セシリアは困惑をしてしまうのだった。


 「調査が終われば、風呂に入れる。それまでは辛抱していろ」


 その言葉に、目をキラキラ輝かせて真愛まなはこう言った。


 「ホント!? この国、おフロあんの? よかったぁ~」


 汗と汚れにまみれた今の状況は、現代人の真愛まなにはとても耐え難い状況だったのだ。

 正直、文化も文明も違い過ぎて「フロなどない、体を綺麗にしたければ川へ行け」、などと言われるのではないかと覚悟していた矢先にセシリアの言葉。

 紺色のメイド鎧も、もはやそういう神サマの恰好にすら思えてくるほどだった。

 早速、真愛まなはセシリアの手の中にある羊皮紙を奪うようにひったくると、自身の魔力を注ぎ込む。

 

 「さっさと調査を終えて、早くおフロに行かなきゃ」


 凄まじい速度で回転を始める魔法陣。

 その内に四方八方に、矢印が千切れんばかりに伸びていく。


 「おぉっ! これはスゴイ反応なんじゃない?」


 「返せ。これはお前の魔力に反応しているだけだ。爆破魔法を撃ちまくったからな」

 

 羊皮紙による探知魔法。

 周囲に残る魔力の反応を探るものだが、あいにくと真愛まなが放った魔法のせいで辺り一面彼女の魔力で満ち満ちてしまっている。

 これでは全包囲に反応してしまって、意味がなくなってしまう。

 ほとんど役に立たなくなってしまった羊皮紙をバックパックにしまうと、どうやってしまっていたのか、二メートル近い長さの汚らしい棒を取り出した。


 「なぁにそれ? バッチぃ……そんなのバックにしまわない方がいいと思うよ?」


 「仕事道具だから仕方ないだろ。それに、最初からこうだ」


 一睨みして、セシリアは汚い棒――探知魔法用の杖へと魔力を注いでいく。

 羊皮紙よりも古い世代の道具で、精度も今一つだが魔力が満ちた中で別の魔力を探る場合は羊皮紙を超えられるという利点がある。

 今みたいに、他の強力な魔力で満ちているときには、こちらで探った方がいい場合もある。

 早速、真愛まな以外の魔力が反応を示し始めた。

 グイグイと、まるで何者かに引っ張られるように杖がある方向へと動こうとする。


 「おっとっと、古い割には結構いい反応を示すな……」


 杖の反応に抗わず、指し示すままに歩いていくセシリア。

 ほんの数メートル。

 焼け焦げてはいるが、まだ形を残す家屋の影に杖は一層の激しさで反応を示した。


 「こ、これは……!?」


 「なになに? なんかスゴいもんでも見つかったの?」


 横からひょこっと顔を覗かせて、杖が反応した箇所を見る真愛まな

 そこには、今にも消え入りそうな『漆黒の穴』、とでもいうべきものが焦げた壁に張り付いていた。


 「なにコレ? 穴ボコでも開いてんの?」


 「おい、やめろ!! 死ぬぞ!」


 しゃがんで、穴へと指を近づけた真愛まなを凄い力で引き剥がすセシリア。

 その迫力に、真愛まなも気圧されて、「え、あ……ゴメン」と謝るだけだった。


 「それは転移魔法の跡だ。迂闊に触ると、どこへ飛ぶかわからん」


 『転移魔法』

 それは魔法の中でも、相当に上位に位置する術式だった。

 任意の場所へと転移を行う。

 言葉にすれば簡単だが、実際に行うには広大な儀式場とそれを埋め尽くすほどに巨大な魔法陣。さらにそれを起動する為の莫大な魔力が必要になる。

 もしも、先のアラクネーが転移魔法でこの地へと来たとしたら、それこそ大陸サイズの魔法陣が必要になる。

 ほとんど消えかかっている、この転移魔法の跡では何を送ってきたのかまではわからない。


 「痕跡からして、二、三日は経過しているようだが……」


 転移魔法は残留時間が長い部類の魔法。

 セシリアの見立てでは、この村の襲撃に前後して発動したものと考えられた。


 「その穴から何が来たかを調べるの?」


 「ああ、だが今の手持ちでは少し難しいな。恐らくあと一日くらいは残留するだろうから、一旦戻って道具の選定を改めて……」


 そこまで言ったとき、誰かが転がり込むようにこちらへ近づいてきた。

 それは重厚な鎧を着こんだ騎士。デアマンテ王国の騎士団に所属する男だった。

 息を切らせるその様子に、相当な焦りを感じさせた。


 「た、大変です騎士団長リーダー!! 街に……街に魔人の出現が確認されました!!」

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