ギャル、魔物と戦う。 part2

 吹き抜ける風が、真愛まなとセシリア、二人の鼻へと煤けた臭いを運んでくる。

 セシリアから漂う、強烈なシトラス調の香りすらも押しのけるほどのその臭いに真愛まなも辟易していた。


 「うへぇ……、ホントに全部焼けちゃってんのね」


 二人が立っているのは、件の焼き滅ぼされた村。

 記憶喪失の少女がいたとされるその村は、視界に映る全てが炭と灰で、もはや村とは呼べなかった。

 時たま、ポツンと黒焦げになった家屋の骨組みが見えるばかりで、完全に廃墟と化していた。


 「魔物どもめ……!」


 足元の灰を掴み、苦々しい顔つきで吐き捨てるセシリア。

 国を守る騎士として、一つの村が完全に滅びてしまったのが許せなかった。

 村を襲った魔物への怒りもそうだが、何よりも間に合うことが出来なかった自分へも怒りがこみ上げてくる。

 王城で他の団員たちと笑い合っている間、ここでは凄惨な光景が広がっていたかと思うと、どれだけ自分を責めても責め足りなかった。


 「そういえば、ここで何を調べるの?」


 「ん? ああ、あの子についてちょっとな」


 そう言って、セシリアは背中のバックパックから一枚の紙を取り出した。

 真愛まなの知る、いわゆる『紙』とは違い、とても厚くて硬く、ツルツルした感触の『羊皮紙』と一般的に呼称される物だった。

 それに、何やら呪文のような言語がびっしりと書き込まれている。

 その言葉自体は読めなかったが、意味だけはしっかりと理解できた。

 

 ――影に刻まれた魔力の根を探り出せ


 セシリアが、羊皮紙に魔力を注ぎ込むと刻まれた呪文が淡く輝きだす。

 次第に、文字列は羊皮紙から浮かび上がり高速で回転して輪を描き出す。

 羊皮紙の上に、浮かぶように漂う魔法陣となった呪文。

 それを、あちこちに向けながらセシリアは足を村の奥へと運んでいく。


 「それで何がわかんの?」


 何をしているのか、さっぱりわからない真愛まなが聞くと、セシリア羊皮紙を見つめながら答えた。


 「この村に残る魔力の残滓を探っているのさ。これだけ焼かれてしまった村で、あの子だけが生き残ったのには理由があるはずだ。恐らくは魔法による何かが」

 

 手にした羊皮紙はそのための魔法を記した物。

 行使された魔法の、ほんの僅かに残った魔力の残滓を探り当て、どんな魔法が使われたのかを調べるもの。

 言ってみれば、探知機レーダーのような物である。


 「ふぅん。でも、魔法だったらセシリー、剣持ってるじゃん。それじゃダメなの?」


 「うん? まぁ、出来ないことはないがな。スコップがあるのに、わざわざ棒切れで穴を掘る奴がいないのと同じだな」


 つまりは用途。

 剣は戦うために最適化された道具。敵を倒す魔法を効率よく行使できても、何かを探査する魔法には不適当である。

 そのための道具――今回で言えば羊皮紙があるのに、剣を使う意味は皆無なのだ。

 真愛まなが知るような、魔法のステッキ一本でなんでもできるほど、実際の魔法は簡単ではない。

 ちゃんと、目的に即した道具を使わなければ、望む効果は得られにくい。

 その辺は、元の世界と同じと言えた。


 「でも、反応してないように見えるけど?」


 真愛まなの指差した羊皮紙は、先ほどから魔法陣をクルクル回すばかりで変化がない。

 これで、本当に残滓を調べられるのか疑問視してしまう。


 「うーん……、日数が経っているから反応が弱いみたいだな」


 そう言いながらセシリアが羊皮紙を、スイと動かしたその時だった。

 ギュン!! と魔法陣の一部が鋭く飛び出した。

 まるで矢印のように、ある方角を指し示している。


 「おっ、反応が強くなったぞ。この方向へ行けば、どんな魔法が使われたか……」


 「言ってる場合じゃないって! バケモノッ!!」


 叫ぶ真愛まなに、セシリアが視線を上へと向ける。

 そこには、体長三メートル近くはあろうかという巨大なクモがいた。

 体色は蛍光色のレモンイエローとピンクと毒々しく、その中で、赤褐色の光が八つ不気味にギョロギョロ蠢いていた。

 八本の脚をカサカサと動かしながら、光――瞳の内の一つが二人を見つける。

 その瞬間に、ギュルン! と残りの七つ全てが真っ直ぐこちらを見据えてくる。


 「補足されたか……」


 「キモぉ……何あのクモ、デカ過ぎじゃん……」


 巨大グモ――魔蟲まちゅうアラクネー。

 その見た目に違わぬ、強力な毒と八本の脚を用いた高速軌道を武器にする魔物。

 昨日のオークとは比べ物にならない程に強力な、中級クラスの魔物であり、本来ならばこんな場所で遭遇するような存在ではなかった。


 「チッ……、来るぞ!!」


 「ぎゃあぁあ!! キモ過ぎぃいい!!」


 想像通りの、精神衛生上非常によろしくない動きで以てアラクネーが迫ってくる。

 距離にして、およそ五〇メートルほど。その距離を一気に詰めて、アラクネーは脚の一本を高く振り上げる。

 脚が炭化した柱を粉々に砕き、地面を抉り取る。

 しかし、二人はすでに回避を完了してアラクネーの左右に立っていた。


 「この……!!」

 

 剣を抜き、刀身を指でサッとなぞるセシリア。

 風が渦を巻き、小さな竜巻となって刀身へと纏われていく。

 それを、勢いよく振り下ろすセシリア。

 烈風が、ドリルのようになってアラクネーへと高速回転しながら迫っていく。

 地面をガリガリと粗く削りながら、アラクネーの眼前へと迫る烈風のドリル。

 命中すれば脚をバラバラに引き裂き、その巨体から不気味な体液を散らす――そのはずであった。


 「なんだと!?」


 叫んで、上を見上げるセシリア。

 なんと、アラクネーは八本の脚をバネのように縮めて、一気に上空へと跳び上がった。

 そして、頭部に対して大きく肥大した腹部。その下部――つまりは尻をこちらへと向けて力を込めた。

 ピシュッ! と音がするほどに鋭く、アラクネーの尻から糸が放たれ放射状に拡散する。


 「ヤバっ!?」


 「な……これはっ!?」


 ギリギリで回避するが、僅かに糸が腕や足に絡みつく二人。

 ネバネバとした糸は、引き剥がそうとしても別の部位にも絡みついて一向に剥がせない。

 

 クモの糸というのは、実は相当な強度を有していて、直径一センチもあればジャンボジェットすらも虫けら同然に捕らえられるほどである。

 普段、巣に絡まっても簡単に千切れるのは、糸の直径が〇.〇一ミリメートル以下と、とても細いからに過ぎないのである。

 

 しかし、今二人に絡んでいる糸の直径は目算でも二センチほどはある。

 つまりは人間の腕力ではどうやっても引き千切ることなど不可能な強度を有していることになる。

 そのはずなのだが――

 

 「ふんぬぅううう!!!! どぉおりゃああああああ!!!!」


 全身に力を込め、両腕に絡みつくベトベトとした糸を無理やりに引き千切る真愛まな

 魔力の輝きが体中を包み込み、羊皮紙の魔法陣も彼女の方を今までにないくらい激しく指示している。


「な、なんて怪力だ……!?」


「はぁ……はぁ……、オキニのパーカー、汚してんじゃないわよ!!」


 斜め上の怒りを向け、真愛まなはアラクネーへと手をかざした。

 魔法の発動。

 瞬間的に巻き起こるのは灼熱の爆発。

 毎秒、ニ○発もの烈火がアラクネーの体を襲う。

 三メートル近い体躯を誇る中級の魔物とはいえ、所詮は虫けら。

 摂氏一○○○度に迫る火焔に耐えられるはずもない。

 ほんの一瞬だけ、断末魔の響きを上げるとバラバラとその全身を無残に散らせていった。

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