ギャル、魔物と戦う。
バタバタと忙しない足音で、
昨日は、少女をミシェルへと預けて、王城へと戻ったのが夜中の一〇時三〇分(といっても、スマホの表示がそうだっただけで、こちらの世界ではどうなのかはわからないが)。
いろいろなことがいっぺんに起き過ぎて、用意された部屋のベットに軽く身を預けた瞬間に寝入ってしまった。
「メイクくらいは落とすべきだった……」
普段なら絶対にしない失態に、寝起きからブルーな気持ちになりながら扉を開く。
目の前にはノックをしようとした恰好のまま固まったセシリアが立っていた。
「うおっ!? あぁ……おはよう、セシリー。早いのね」
「あぁおはよう、と言いたいところだがすでに二の時に移ろうとしている。早くしないと朝飯を食べ損ねるぞ」
「ニノトキ……?」
聞きなれない言葉に、まだ寝ぼけているのかと瞼をこする。
「何やってるんだ? 早く食事を済ませろよ」と言って部屋を後にするセシリアを見送りながら、『ニノトキ』が恐らく時間のことを指しているのだと理解して、慌てて部屋を飛び出す。
「ご飯抜きはイヤ!」
普段から、やれダイエットがどうの、やれスタイル維持がどうの、と言ってはいるが食欲に勝てるはずもなし。
その上今は、『異世界』に来ているのだ。ちゃんと食べておかないと後でどうなるかわからない。
「ん? ちょっと待ってよ……」
セシリアを追いかけようとした足が急に止まり、顔も渋いものになる。
「異世界の食事って何が出るんだろう……まさか、昨日のオークの肉だなんて……うぅん、でも昨日は食べてないし背に腹は代えられないか」
したくない想像に、身を震わせながらもクゥクゥと泣く腹の虫には負けてしまう
セシリアから食堂の場所を聞いて、もうほとんどが朝食を終え人気のない食堂で、コックのめんどくさそうな顔を見ながら何時間ぶりかの食事にありつく。
「う~ん!! 超ウマいじゃん! やっぱ王城だし、イイもの使ってるんだねぇ」
甘く味付けをして、こんがりと焼いたパン――元の世界で言えばフレンチトーストに近いそれを頬張って舌鼓を打つ
一緒に出て来たサラダも、何の野菜かは判別が出来ないが味は相当に良かった。
存分に料理を堪能し、最後に芳醇な香りの飲み物(味はアップルティーに近い)を飲み干すと、コックにお礼を言って食堂を後にした。
「さてと、勇者生活一日目だけど、早速ヒマだわね」
「そんな訳ないだろ」
声をかけてきたのはメイド騎士セシリア。
先ほどは持っていなかった剣を腰と手に携えて、背にはそこそこのサイズのバックパックを背負っている。
「あら、セシリーはお出かけ?」
その言葉に、思わずセシリアは目を閉じて頭を指で押さえる。
「はぁ……、マナも一緒に行くんだよ。昨日の、少女と出会った場所と、焼けた村の調査だ」
そう言って、手に持つ方の剣を渡してくるセシリア。
流れで受け取ってから、数秒経って驚く。
「えぇ!? コレ、あーしのなの!?」
鞘に納められた、長さ約一〇〇センチほどの剣。鞘の形状からして、片刃と推測される。
ズシリと重い、『本物』の重量に思わず持つ手が震える。
――人を殺す武器を手にしている。
その感覚が実感となって全身を駆け巡るのは、普通の女子高生にはあまりに強い衝撃だった。
反射的にセシリアへと剣を突き返す
「あーし、こんな
「そういう訳にいかない。勇者として、身を守るためにも帯刀は必須だ」
いつになく厳しい顔つきで突き返された剣を受け取ろうとはしないセシリア。
彼女の脳裏には、昨日の
結果的に勝利という形で終わったからいいものの、普通だったら死んでいてもおかしくはない。
剣を持っていれば安心、という訳ではないが少なくとも丸腰よりはマシと用意したのだった。
本当は鎧一式を準備しようとしたのだが――
「訓練も無しに鎧を着ても、動けなくなるだろうしな……」
比較的、総重量の軽いセシリアの鎧であっても全身で約二〇キロ。
騎士団員たちが着ている通常の物では三五キロ近くにもなる。
まったくの素人である彼女が着たところで、ほとんど身動きのできない代物に成り果てるのは火を見るよりも明らかだった。
「うーん……、まぁ仕方ないか。あんまり使わないようにしよっと」
一緒に手渡された帯に剣を下げる
ダークブラウンのサマーパーカーにワイシャツ。下は学校指定のプリーツスカートでさらに剣を腰から下げるというあまりもアンバランスな格好に、自分でも変な笑いがこみ上げてくる。
「ていうか、着替えがないから匂ったりしたらヤだなぁ……」
ワイシャツの襟元をちょっと持ち上げて、鼻を動かす
幸い、不快な臭いはしてこないが同じ衣服を二日も着るのは抵抗があった。調査が終わったら、適当なアパレルショップを覗こうと考える。
それでも、とポケットから香水のビンを取り出してほんの少しだけ振りかける。
爽やかなシトラス調の香りが軽く舞う。
「よしよし。間に合わせだけど、これでイイとしますか」
「これから調査だというのに、そんなものをつけて意味あるのか?」
「あー、分かってないなぁセシリーは。こういうのはね、オトコを喜ばせるためだけに使うんじゃないの。自分をイイ感じにアゲる為でもあるんだから」
カッコつけて指を振りながらチッチッと舌を鳴らす
その言葉は姉からの受け売りだが、今では自身の中での指針の一つとなっている大切な言葉だった。
「ふぅん。そのアゲる、というのはよくわからんがキミがそれで頑張れるというのなら別に構わないさ」
「そうだ。セシリーもつけてみたら? 気分アガるかもよ?」
そう言って、ビンを差し出す
真面目な雰囲気を纏うセシリアにしては、以外に素直に受け取って興味深げに眺めている。
やはり年頃の女性。
オシャレには関心があるのだろう。
「押せば中身が出るのか」
「うん。あ、でも気を付けてよ……って、遅かったぁ」
とてつもなく苦い顔で、城の廊下を歩くセシリア。
その一挙手一投足ごとに、全身から爽やかなシトラス調の香りをこれでもかと振りまくので、人とすれ違うたびに驚きの表情を向けられている。
「クソ……、やはり私には着飾る、という行為は似合わんようだ」
使い方を
運の悪いことに、差し出したのは香りの強いパルファムタイプ。
よって、全身から爽やかな香りをばら撒く、シトラスウーマンとなってしまったのだ。
「あーしが使い方を教えなかったのが悪かっただけだよ。セシリーだってちゃんとオシャレすれば、もっとキレイになれるって」
「ありがたい申し出だが、今は任務の方が大事だ。オシャレとやらはいずれまた、な」
ビンを返して、難しい顔のまま王城を出るセシリア。
後に続く
「
「勇者様、どうか
至極真面目な顔つきで見送りを受けるセシリアに対して、ニッコリと笑顔で手を振る
その、今まで騎士団の中では存在しなかった衝撃に、団員の何人かは胸を貫かれていたのを、彼女は知る由もなかった。
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