ギャル、出会う。

 「はぁ……、申し訳ありませんね。シジョウマナ様、わたくしが至らないばかりに危険な目に合わせてしまって」

 瞳を曇らせ深く頭を下げるアルメリア。

 自らが『勇者』として希望となることを願った身としては、このような事態になったことに強く責任を感じているようだった。


 「彼は確かに以前から騎士団を、貴族派と呼ばれる者たち――つまりは政治家たちによる運用を考えていました。しかし、ここまでの凶行を行うだなんて……」


 その悲痛な声は、まるで自分自身へと刃を突き立てているようだった。

 それほどまでに真愛まなが殺されそうになったことを責めている。

 それを見ていられなかったから――


「ふぅん。じゃあ、危ない目にあったお詫びとしてぇ、一緒にどこかへデートしてもらおっかなぁ」


 真愛まなはそう言って、おどけたようにアルメリアの肩へと手を伸ばす。

 アルメリアは、このデアマンテ王国の王女。

 そんなことをされたことは今までなかったのであろう。目を丸くして「はえ? シジョウマナ様、これは……?」と困惑している。

 そして、その光景に一番驚いたのは、アルメリアではなかった。


 「おい! 王女殿下にそんな馴れ馴れしくするなど……!」


 力任せに引き剥がされ、「おっとっと」とバランスを取る真愛まな

 その眼前には、怒りの表情を浮かべるセシリアの顔。


 「セシリーは怒っても美人だよね」


 「貴様……」


 プルプルと拳を震わせるセシリア。

 拳骨の一つでも振り下ろさんとしたその時だった。


 「セシリア、構いません」


 それを止めたのはアルメリアだった。

 優しい顔でセシリアと真愛まなの間に割って入ると、諭すようにセシリアへとこう言った。

 

 「シジョウマナ様はわたくしを慮って仰ってくれたのです。騎士団長リーダーであり、近衛侍女メイドでもある貴女がそれをわからないはずはないでしょう?」


 「しかし、今のような行為はあまりに目に余ります。いくら殿下を思っての行為と言えども、見過ごすわけには参りません」


 セシリアは、政治から切り離されて管理されている騎士団の中にあっても、王族の身の回りの世話を担う近衛侍女メイドの立場もあり比較的、政治と近い身である。

 だからこそ、王女の身を守る為、何より王国の象徴として無礼な身の振る舞いを許すことはしない。

 今の言葉も、その立場故の言葉。


 「そうですか……、セシリアはやはり変わってしまいましたね。昔は一緒になって遊んだというのに」


 わざとらしく顔を伏せながら、これまた芝居がかった大仰な言い方をするアルメリア。

 騎士団の長を務める彼女がなぜ、王族に近しい身である近衛侍女メイドという立場にあるのか、という理由がここにあった。

 セシリアとアルメリアは幼いころよりも親友――つまりは幼なじみだったのである。

 年齢はそこそこ離れているため、セシリアが姉のようにずっと世話をしてきていた。昔は、それこそ今のセシリアが見たら卒倒するような言動もしたりしていたものである。


 「それを今仰いますか……!」


 当然それは、セシリアにとってはあまり触れられたくはない部分。

 それをわかっていて、アルメリアはいたずらっぽく笑っていた。


 「あら、いいじゃない。今はシジョウマナ様以外に誰もいないもの。昔みたいに仲良くしたって」


 「ふ~ん。セシリーと王女サマって幼なじみだったんだぁ」


 立場は逆転。

 アルメリアと同じようにいたずらっぽく笑いながら、真愛まながセシリアに詰め寄る。


 「でもでも、なんで仲良くしてあげないの? 友達なんでしょ?」


 「そんな訳にいくか! 以前のような振る舞いなど、忘れなければならん」


 「そんな……! セシリアにとって、あの時間は忘れたいほど忌まわしいものだったのですね……」


 またも顔を伏せて、肩を震わせるアルメリア。

 一見、セシリアの心無い言葉に嘆いているようにも見受けられるが違う。


 「……、別にあの時間が大切でない、とは言っていません。それに、泣く演技がヘタ過ぎです」


 「あら」と濡れた跡が一切残っていない顔を向けながらおどけるアルメリア。

 年から考えると、こちらの性格の方が素なのだろう。

 王女としての威厳はないが、とても愛らしく真愛まなにとってはこちらの方がとっつきやすかった。


 「王女サマって、結構面白いヒトね。あーしはそっちの方がスキかな」


 「そうですか? だったら普段からこんな感じにしようかしら?」


 「殿下!? それでは民たちに示しが……」


 慌てるセシリアに、「冗談ですよ」と言って笑うアルメリア。

 王女の重責から逃れられていられる、この貴重な時間を楽しむ用にリラックスした表情を浮かべる彼女を見ていると、少しくらいならからかわれるのも悪くはないと感じるセシリアだった。


 「あ、でもシジョウマナ様とのデートは行かせてもらいますね。いろいろと楽しいお話もできそうですし」


 「おっ、いいねぇ。じゃあじゃあ、セシリーの弱みとかをいっぱい聞いちゃおうかなぁ」


 前言撤回。

 やはり、多少厳しくとも心を鬼にして接しなくてはならない、と笑い合ってこちらをチラチラ見ている二人に溜息を零した。


 「いくら勇者と言えども、殿下とお二人なんてどうあっても無理です。どうしても、と仰るのであれば私も同行いたします」


 その発言に、唇を尖らせるアルメリア。

 小さな声で「後学の為に盛り場という所にも行ってみたかったのに……」などと言っており、なおのこと目を離せないと感じるセシリアだった。


 「まったく……、頭が痛くなる」



 結局、その後はドルへの対応とのことで詳しい相談はできずにアルメリアとは別れて、最初に二人が出会った草原へと来ていた。

 すでに日が傾きかけていて、段々と夜の帳も近づいてきている。


 「あれー? この辺だと思ったんだけどなぁ」


 「どうしてもあのカバンでないと駄目なのか?」


 周囲の草むらに頭ごと突っ込んでカバンを探す真愛まなに、後ろからセシリアが声をかける。

 真愛まなも異世界に来てしまっている今の状況ならば、夏休みに突入ということで荷物のほとんど入っていないカバンくらいなら捨てるところだが、どうしても見つけなければならない理由がある。

 フード付きのサマーパーカーどころか、その下のワイシャツにまで草を張り付けながら答える。すべては新作コスメの為である。

 

 「忙しいなら、あーし一人でもいいよ。戻る道は何となく覚えたし」


 「そういうわけにはいかないだろ。一人になって、殺されそうになったのを忘れたのか……、誰だ!!」


 そんなことを言いながら、二人が身を低くして学校指定の地味なカバンを探していた時、不意にガサガサと草むらが揺れて何者かの影が飛び出してきた。

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