ギャル、恐怖を向けられる。

 ペタリ、と石造りの冷たい修練場の床にへたり込んだのはドルだった。

 元々瘦せぎすな体だが、驚愕と恐怖に打ちのめされているその姿は、それに輪をかけて細く、小さく見えた。


 「あり得ん……、一体どれだけの労力をかけたと思っているんだ……!?」


 今回造りだした瓦礫人形ゴーレム

 本来ならば、十数人で取り囲んで押さえつけ、そこを暴走した魔力を適切な手段で消耗サイクルへと戻して解体する、という手順を踏まなくてはならない、言ってみれば最初から倒させるつもりなどない存在だった。

 それ故に、製造コストも尋常でないほどにかかっている。

 対勇者用で、急造したものではないので以前に造られたものを流用しているが、動かすだけでも費用を飛ばしている。

 それを、たった一人でこうもあっさりと倒されては、もはや何もかもがお終いだった。


 「これで貴様も失脚だな。瓦礫人形ゴーレムの私的運用と、勇者の殺害未遂。さらには王国の実権までも狙うとあっては、死罪も覚悟しておくんだな」


 冷たく言い放ったセシリアの言葉も、聞こえていない様子でドルはブツブツと絶望の怨嗟を呟くだけだった。

 最初こそ、一発くらいは殴ろうかとも考えていたセシリアだったが、そのあまりにも悲惨な姿に哀れみすら覚えてしまった。


 「マナ! 大丈夫か?」


 「うん、あーしは大丈夫だよ……、ってなんでそんなコワい顔をなさっておいでなのですか……?」


 「どうしてだか、たっぷりと教えてやろうか?」


 鬼のような形相を浮かべるセシリアに、ふるふると顔を振って「いいえ、結構」と返す真愛まな

 流石に、この状況が仕組まれたものなのだと、勇者としての自分を殺そうと考えられたものなのだと理解していた。

 

 「でも、なんであーしを……?」

 

 勇者として見込まれているのは理解している。

 そう呼ばれるだけの『力』も持っているのもわかった。

 だとしても、それを殺してしまおうと思うまでの狂気に走らせる要因とも思えない。

 ましてや、国のかじ取りをする宰相の立場の人間が。


 「まったく不思議って訳でもないがな……」


 「え?」


 セシリアには認めるつもりこそ一切ないが、ドルの気持ちがわからないでもなかった。

 こうして、実際に『力』を目にしてそれを改めて認識する。


 「奴は怖かったんだよ」


 恐怖。

 魔法の『魔』の字も知らないような、ただの少女である真愛まなが、いくら低級の魔物とはいえオークを一瞬で消し飛ばすほどの威力を有する魔法を行使し、今またこうして瓦礫人形ゴーレムを一切の怪我なく、消滅させて見せる。

 勇者。

 その名で呼んでいいのかと、逆に思うほどの圧倒的、驚異的な力。

 もしも、その力が魔物ではなく、人間に向けられればいとも簡単に滅びてしまうだろう。

 だからこそ、ドルは不確定な『希望』とするのではなく、確定してしまった『絶望』として利用しようと考えたのだ。

 結果的に、それが尚更勇者への恐怖を増大させることになったのは皮肉としか言いようがないが。


 「セシリーも、あーしのこと怖いの?」


 少し俯きながら真愛まなが聞く。

 別に力を求めて手にしたわけではない。

 この世界へだって、偶然に来てしまっただけ。

 それをやれ勇者だとか、凄い力だから怖いだとか、勝手を言われて、あまつさえ殺されかけるなど、いい気分であるはずがなかった。


 「怖くない……、と言えば噓になるだろうな」


 でも、だからこそセシリアは自身の思いを包み隠さずに伝えた。

 ここで嘘をついても、結局後で余計なトラブルを招くだけになる。

 だったら、今ここでちゃんと、正直に言っておいた方が絶対にいいと判断したのだ。


 「そう……、そうだよね。あんなおっきなバケモノでも簡単に倒せちゃうんだもん。どっちがバケモノなんだっつーのってカンジだよね」


 「それは違うぞ」


 無理に笑って感情をごまかそうとした真愛まなに、セシリアは『ちゃんと』自分の気持ちを伝える。


 「怖いのは、その力が無軌道で無秩序に振るわれることだ。マナが怖いわけではない。この国の為に何かをしようとしてくれているキミには、とても感謝しているよ」


 真愛まなは、その言葉キョトンとした表情を浮かべると、見られたくないのかそっぽを向いてこう言った。


 「ハハ……ま、まぁ? あーしは勇者だってコトだし? そんなことを言われるのも当然ってカンジ?」


 よく周りからは鈍い、と言われることのあるセシリアが後ろから見てもわかるほどにニヤケ顔を浮かべる真愛まな

 よほど嬉しかったのか、先ほどまでの暗い顔はどこへやら、かなり上機嫌になっていた。


 「ふふふん、殺されそうになったのはマジでヤバいけど、ちょびっとだけなら許してもいいかなぁって思うところよん」


 それに反して、セシリアの顔は曇っている。


 「そういうわけにいくか。王女殿下への謀反を企てたようなものだ。即刻捕らえて裁判にかけなくてはならん」


 勇者の言葉とはいえ、大罪を犯した者をその場の機嫌で許すわけにはいかない。

 どういった結果になるのであれ、きちんと罪は罪として裁かれなければ不公平である。

 法治国家として、それは決して譲れない線引きだった。


 「セシリアの言う通りです」


 扉の向こうから、澄んだ声が聞こえてきた。

 薄暗い修練場中でも、輝いているように見えるほどに愛らしい容姿それを引き立てる豪奢な装い。

 長いプラチナブロンドの髪を揺らしながら現れたのはこの国の王女、『アルメリア』だった。

 その容姿に不釣り合いな険しい表情を浮かべて、二人の騎士に捕らえられたドルを見る。


 「貴方ほどの男がこうまで愚かな行為を働くとは非常に残念です」


 「……残念? ハハッ! あんな人間とは思えない力を発揮する者を希望に据えよう、などと考える方がおかしいんだ! 絶対に後悔することになるぞ」


 「殿下の御前で失礼なことを!」と騎士たちに無理やり伏せられるドル。

 だが、それでも鋭く睨む視線は決してアルメリアを逃がさなかった。

 組み伏せられた姿勢のまま、声を荒げて叫んだ。


 「バケモノを利用して、最終的には全てを失くすんだ!! ワタシも含めて、すべての命ごと! ハハハハハ!! ハハハハハハ!!!!」


 「連れて行きなさい……!」


 まるで狂ってしまったかのように大笑いするドルを、見ていられない様子で顔を伏せながら指示を飛ばすアルメリア。

 引っ張られるようにして修練場を後にしても、未だ真愛まなたち三人の耳にはドルの笑い声がこだましていた。

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