ギャル、ゴーレムと戦う。 part2

 宰相ドルの指す扉。

 その先では、何かが激しく激突するような音が聞こえてきている。

 それも、かなり巨大な何かが。


 「えぇ……、なんかめっちゃヤバそうなんだけど?」


 「いえいえ、大きさがあるのでそうお思いでしょうが、用意しているのは瓦礫人形ゴーレムですので問題はございません」


 ゴーレムだから何が大丈夫なのかは、真愛まなにはサッパリわからないが、期待を込めた瞳を向けられて断れるような雰囲気でもなかった。

 かなりテンションを下げながらも、ゆっくりと鋼鉄の冷たい扉を押し開く。

 ギイィ、と油の切れた耳障りな音を立てる扉の向こうには、だだっ広い空間が広がっていた。

 ドーム状の、鉄壁に覆われただけの殺風景な空間。

 その中央に、推定五メートルはあろうかという巨大な瓦礫で全身を構成されたオラウータンのようなバケモノ――アレが言っていたゴーレムなのだろう、が鎖に繋がれていた。

 ゴーレムが自身の戒めを解こうと、腕を振り回すたびに床へと激突して落雷のような凄まじい轟音を響かせている。


 「いやいやいや!!! あんなのと戦うなんて、マジ!?」


 周囲には、古めかしいフォルムのドローンがいくつか飛び回っている。

 今の真愛まなには、まるでそれが監視しているようにも思えた。


 ――オォオオオオオ!!!!


 その内に、ゴーレムが咆哮を轟かせて、戒めている鎖を力任せに引き千切る。

 ジャラジャラと不気味な音をさせながら、ゆっくりと真愛まなの方へと顔を向ける。

 その、光のない真っ暗な眼孔でどうやって視認しているのかは不明だが、確かに真愛まなを敵と認識して近づいてくる。

 五メートル近い巨体に見合うだけの、太く、力強い腕。

 剛腕から繰り出される一撃が、冷や汗を一滴垂らした真愛まなへと叩き込まれる。

 今までにないほどに激しい轟音が響き渡り、その響きは修練場の外にいたドルへも届いていた。


 「勇者といえども、所詮は小娘か。やはり、民への希望にはならぬか」


 冷たく言い放つドルの声が、薄暗い修練場の廊下に響く。

 その顔は、好々爺然としていた先ほどまでとは打って変わって、冷酷で冷血な非情の男の顔つきだった。

 ドルの目的は、民への『勇者の喧伝』。しかし、それは希望としてではなかった。

 世界をあまねく救う勇者ではなく、それを騙る偽物として真愛まなを知らしめ、騎士団の軍備増強への足掛かりに利用しようとしていたのだった。


 「フン、何が異空の果てより来訪した者だ。魔法もロクに使えぬゴミのくせに。せいぜいこの国を強くするための礎として利用してやる」


 「……、勝手なことを抜かす」


 非常にして外道なる宰相の声よりも、さらに冷たく。しかし、燃える怒りを込めた声が薄暗い通路に響き渡った。

 それと合わせて、カツカツ、と歩み寄る足音も聞こえてくる。


 「お前は……」


 ドルが手の灯りを向けた先。

 そこには薄手の革で作られた藍色のメイド服と、鎧が一緒くたになったような風変わりな様相をした騎士が立っていた。

 薄紫色の瞳には怒りを宿し、今にも斬りかからんと腰の剣に手をかけている。

 

 「誰の断りを得てここにいる?」


 「口の聞き方には気を付けてもらおうか、騎士団長リーダー?」


 政治と武力は切り離すべき、との考えで騎士団と政界は権力としての差はない。しかし、それは表向きの話で実際は騎士団の方が下の立場にある。

 本来ならば、気に喰わないと言っても政治に於ける権力者である宰相に歯向かう様な真似はしないセシリアであるが、今は事情が違った。


 「我ら騎士団は貴様ら貴族派の部下になった覚えはない。それに、王女殿下の意向を無視しての勇者の私的利用など、貴様のやっていることは完全に越権行為だぞ」


 アルメリアは、勇者を領民の希望として喧伝することを考えている。

 それを勝手に殺して、その死を軍備増強に利用するなど、騎士団の長としても、そして王女の近衛侍女メイドとしても見過ごすわけにはいかなかった。


 「殿下は情勢への対応に追われてたいそう疲弊しておられる。正常な判断が出来ずに、安易な考えに走ってしまわれているだけだ。それを正しく導くのも宰相としての務めだ」


 「なるほど、それが貴様の本音か」


 飾り立てていても、その内の薄汚れた欲望が透けて見える。

 ドルの言葉には、一切の忠義を感じなかった。

 その冷たい瞳の奥にあるのは、デアマンテ王国を自らの思うままに動かしたい、という下卑た欲だけ。


 「貴様は斬る。マナを助けた後でな」


 本当は今すぐにでも、目の前の裏切者を斬り捨てたいところだが、今は真愛まなの安否が先決だった。

 王国内でも、運用記録のほとんどないほどに巨大な瓦礫人形ゴーレム

 いくら異質な魔法を使う、といっても戦闘経験のない者が戦うにはあまりに無謀な相手である。


 「もう遅いさ。あの小娘はすでに床のシミと化しているだろうよ。」


 小馬鹿にしたような物言いのドルを無視して、セシリアが鉄の扉へと手をかけたその時だった。

 ズン!! と体の内側を揺さぶるような音が修練場の中から響いてきた。

 まるで、巨大な鋼鉄の塊を一〇〇メートルの高さから思い切り投げ飛ばしたような、そんな音が。


 「なんだ……?」


 「まさか……!?」


 先ほどまでの自身の発言を忘れたように、ドルはセシリアを突き飛ばすような勢いで扉を開き、中へと転がり込むようにして進む。

 そして、修練場で彼が見たものは、今までの常識なんて粉微塵はおろか粒子ほどにまで砕けていくような衝撃だった。


 「ありえない……、どうなっているんだ!?」


 瓦礫人形ゴーレム

 それは、文字通りそこらに転がる瓦礫を魔力によって結合させて戦わせる人形である。

 その戦闘能力は、素材にした物の質や量で決まる。

 金属を多く含めば、それだけ頑強で破壊力のある瓦礫人形ゴーレムに。

 泥や砂を多く含めば、柔軟性と再生力に優れる瓦礫人形ゴーレムに。

 用途に合わせて、その構成を自在に変化させられる優れた『兵器』だった。

 そして、今回造られた瓦礫人形ゴーレムは、破壊に特化させたものだった。

 さらに、それでは不足している再生能力を、魔力を意図的に暴走させてループサイクルに陥らせることで、魔力が尽きるまで異常再生を繰り返す特別製だった。

 破壊と再生。

 双方を有した、まさに怪物。


 「ミーくんの言った通り、あーしってホントにスゴイみたい」


 それだけの怪物だというのに。

 真愛まなは未だ健在で、代わりに怪物ゴーレムの方が投げ飛ばされ床に転がっていた。


 「ハッ! 気をつけろ、マナ! そいつはまだ動くぞ!!」


 「セシリー? おっと!?」


 転がっていたゴーレムの巨腕が、真愛まなを狙って動く。

 風を切る鋭い音と共に、黒鉄の塊が凄まじい勢いで迫る――


 「はあぁあっ!!!」


 それを躱すのではなく、真愛まなは真っ向から拳を突き出して迎え撃った。

 ぶつかり合う、巨腕と女子高生の細腕。

 本来ならばどちらが勝つかなど、どんな者でもわかる。

 腕どころか全身を四散させて壁に血と肉の染みを作るだけだと。


 「バカな……」


 絞り出すようなドルの声が、その勝敗の異常さを物語っていた。

 両者の拳が激突したその瞬間、粉々に砕けたのはゴーレムの巨腕の方だった。

 まるで、風化してボロボロになっていたかのように簡単に砕け散る。真愛まなの方には、一切の傷を与えることもなく。


 「しかし、アレには再生能力もある。魔力を暴走させた、異常再生能力がな」


 ドルの言葉に合わせるように、砕けたゴーレムの腕が逆再生のように元に戻っていく。

 物の十数秒も経たぬうちに、完全な形と成って再び真愛まなへと、その巨腕を振り下ろしていく。


 「なにこれ……マジでめんどいんですけど!」


 叩きつけられる腕を、横に跳んで回避しながら毒づく真愛まな

 どれだけの破壊力を込めても、再生されてしまうのならば意味がない。


 「だったら……!!」


 魔力の暴走とか、異常再生なんて理屈は知識のない真愛まなには関係ない。

 物理的な破壊が意味をなさないのならば、違う方向でアプローチをかければいい。


 「これなら!!」


 迫るゴーレムの腕が火焔に包まれ、深緑色に輝いている。

 離れたところにいる、セシリアとドルの所までもその熱気を感じるほどの高温。実に、摂氏三〇〇〇度を超えている。

 生命体ではないはずのゴーレムが、まるで灼熱に身を捩るように蠢いたかと思うと、全身を火焔で覆い尽くされ核たる魔力ごと一瞬で全てを焼き尽くされていった。


 後には、ほんの僅かな煤だけが残っていた。

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