ギャル、ゴーレムと戦う。

 「あ、ちょっとヤツに渡す物があったんだった。ちょっと待っていてくれ」


 衝撃的な発覚からしばらく後、ミシェルの研究所を後にしようとしたその時、セシリアはそう言って扉をくぐっていってしまった。

 この街のことがわからない真愛まなは、大人しく研究所の前で待っていた。


 「遅い……」


 何かを話し込んでもいるのか、一五分ほど待ってもなかなか現れようとしないセシリアに、真愛まなは暇を持て余していた。

 本来ならば、スマホでもいじっているところだが、あいにくと今は役立たず。


 「……? ていうか、バッグおきっぱじゃん……」


 今更ながらに、真愛まなはこの世界へ来た際には持っていた学校指定のバッグがないことに気が付く。

 あまりに色々なことがいっぺんに起き過ぎて、すっかりその存在を忘れてしまっていたのだ。

 夏休みに入ることもあって、勉強道具の類は一切入っていないが、それよりも大事な財布――より具体的には、その中に入っている新作のコスメの引換券だけは取り戻さなくてはいけなかった。


 「あぁ……セシリーが出てきたら、すぐにあの場所へと一緒に行ってもらおう」


 目的の場所ができると、今までよりもさらに一秒一秒が長く感じてしまう。

 未だ開く気配のない、その扉を睨みながら今か今かとその時を待つ。


 「シジョウマナ様ですね」


 だから。

 背後から近づく男が、声をかけてくるまで真愛まなは一切気が付くことはなかった。

 まったくの意識外からの声に、驚き過ぎて素っ頓狂な声を出してしまう。


 「うひゃあ!? なに!?」


 「申し訳ございません。わたくし、デアマンテ王国宰相、ドル様の使いの者でございます。シジョウマナ様を城まで御迎えするように仰せつかって参りました」


 慌てて振り向いた先には、品のいいレザージャケットに身を包んだ、執事風のガタイのいい男が立っていて、恭しくお辞儀をしていた。

 顔を上げ、向けられた冷たい瞳が印象的だった。


 「ふーん。別に城へ戻るのはいいけど、もう少し待ってよ。まだセシリー……、セシリアが来てないし」


 「それでしたら、後ほどわたくしめが騎士団長リーダーセシリアへと伝えておきましょう。宰相閣下はすぐにでも、貴女様とお会いしたいと申しております故」


 そう言って、指を軽く鳴らす使いの男。

 背後から、蒸気をもうもうと吐き出す、金属板を折り曲げて作ったような形の車が近づいてきて、その後部座席の扉を開ける。


 「さあ、シジョウマナ様、お急ぎ下さい。これもこの国の民の為でございます」


 「うーん……、じゃあ伝言ついでにもう一つだけ」


 民の為だと言われてしまうとなかなかに断りづらい真愛まな

 仕方なく、開かれた扉から車に乗り込むと残った使いへと、セシリアへの頼みも合わせて伝言を任せる。


 「あーしが最初にいた草原からカバンを回収しといてって、お願い」


 「最初にいた草原からカバンの回収ですね。確かに承りました」


 優しく、丁寧に扉を閉めながら男は頷いた。

 そして、車は男の合図でミシェルの研究室を後にする。

 そのまま来た道を戻りながら城へと進んで行った。



 「あん? マナの奴、どこへ行ったんだ?」


 車が去って、数分もしない内に研究所から出て来たセシリア。

 しかし、そこには先ほどまでいたはずの『勇者様』の姿はなく、代わりに執事風の装いをしたガタイのいい男が立っていた。


 「お前は確か……、宰相殿の」


 見覚えのある姿に、不信感を隠そうとはしないセシリア。

 宰相は以前より、騎士団の活動に口を挟み、何かと軍備増強を訴えてきていた。

 それが、この勇者来訪のタイミングで宰相の側近がこの場にいるという状況に、警戒感を強めるのも無理からぬことであった。


 「シジョウマナ様でしたら、王城へと先にお戻りいただいております」


 男は、そんなセシリアの考えを気が付いているのか、いないのかわからない冷たい瞳で、真愛まなからの伝言をそのままセシリアへと伝える。


 「マナだけ先に?」


 「はい。宰相閣下の命でございます。それと、セシリア様へはシジョウマナ様からの伝言で、最初に会った草原でカバンを回収をお願いするとのことでしたので伝えておきます」


 「カバンだと……?」


 感情を見せようとしない男の冷たい瞳。

 セシリアは歩み寄り、自らよりも一五センチほどは背の高い男の胸倉を掴む。


 「嘘ではないだろうな」


 「もちろんでございます」


 「チッ……、まぁいい。それよりも、なぜ宰相はマナを呼んだ。側近のお前なら何か聞いているだろう」


 以外にもあっさりと、男は宰相がマナだけ城へと呼び戻したのかを話した。

 それを聞いたセシリアは、男を乱暴に突き飛ばすとそのまま王城へとダッシュをしていった。



 

 「しかし、随分と揺れるなぁ」

 

 その少し前、車内の中で真愛まなは愚痴をこぼしていた。

 石畳の上、サスペンションもあってないようなもの。

 ゴトゴトと音を立てながら揺れる車内は最悪の一言だった。


 「おえっぷ……、もう酔ってきちゃった」


 気分が悪くなり、窓を開こうと指をかけたが青い顔でそれをやめる真愛まな

 なぜなら、車の吐き出す蒸気で開けたところでスッキリしないと思ったのだ。

 幸いなことに、走行している時間は一〇分もなかった。

 城の裏手へと車は入っていき、薄暗い駐車場で降ろされる真愛まな

 城の内部へと続いているのであろう扉には、緑と黒で彩られた豪奢な服を纏った老齢の男が佇んでいた。


 「お待ちしておりました。わたくしはデアマンテ王国宰相を務めさせて頂いております、ドルと申します。お目にかかれて光栄にございます、勇者殿」


 同じような色の丸ハットを脱いで、少々ハゲかかった頭を下げ挨拶をする、ドル宰相。

 好々爺といった雰囲気に、真愛まなも「どうも、どうも」と頭を下げる。

 『宰相』などという堅苦しい肩書きに、あまりいい印象を抱かなかった自分を反省もしたくらいだった。


 「急にお呼びだてしてしまい申し訳ございません。どうしても勇者様である貴女に早急に行ってほしい事案がございましてな」


 「歩きながらで」と、ドルは薄暗い道を手にしたランプで照らしながら進み話す。時折、ランプから小さく蒸気が吐き出されている音がいやに耳に残った。

 

 「この国の領内で魔物が頻出している、というのは聞き及んでいると思います。それを領民が不安視しているのも。そこで、勇者様には、その不安を払拭する為の喧伝をお願いしたいのです」


 「別にそれは構わないっすけど、具体的には何を?」


 そう真愛まなが聞いたとき、ドルが立ち止まり目の前の扉を示してこう言った。


 「なに、簡単なことです。この先で待つ、モノと戦っていただきたいのです」

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