平和な日

 ひな子は毎日メッセージを送った。

 同じ時間にするために携帯のアラーム設定をしたほどだった。それから彼女の性格が伺え、そんな彼女だから経理と言う職種が向いていた。


”おはようございます。朝食はなしです。今日の体調はいつもと変わりありません。常温のお茶を持って出かけます。”


 挨拶と樹が最初にそれだけだった際の要望を加味して彼女なりに色々と情報を追加した結果、この形に整えられた。このメッセージは一方通行ではなく、彼もまたひな子に似ているのかすぐに返事が返ってきた。


”おはようございます。変わらないんですね。でも、何か口に入れた方が良いですよ。戻しても構いませんから。"


 彼からの返事は最初からこんな風に気遣いにあふれていた。それがひな子にとっては少しだけ体にたまっていく石のようだったが、それでもどこか心地よかった。誰かにかけてもらえる言葉に救われたようだった。


 仕事にも出かけたり、気分がいい休日は家で本を読んだり、散歩はできないから家の中をウロウロしたり、慣れないストレッチをしたりしていた。流行りのヨガにもテレビにかじりつきながら挑戦してみたが、自分の体の硬さに呆れてあまり1回で終わった。


 そんな何気ない日々がひな子にとっては”幸せ”と呼べた。


 時間によらずに襲ってくる吐き気やめまい、それから鼻血は日に日に頻度も度合いも大きくなるばかりで鬱屈な気分だったからだ。


 職場での上司や同僚に恵まれていたし、病院に通わなくても近くに医師が滞在しており、それだけでどれだけ恵まれているのか、ひな子は思い知った。何気ない日々を過ごしていく中でひな子は気づくことばかりだった。


「こんなことに私は最期に気づくなんて。」


 彼女は泣きそうになった。

 トイレで吐き気を催している時だったので、辛さなのか鈍感な自分への呆れなのか、はたまた両方か、ひな子にはわからなかったが、それに気づけたことがよかったことだと思えなかったことだ。


「もう時間がないのに。」


 そう、彼女にはもう時間は残されていなかったからだ。

 どんどん目に見える形で容体が悪化していることはひな子自身が十分理解していた。誰かの一番になることを決して許さなかったのに、これほどまでに助けてもらってばかりだったのだから、恩返しをしなくては罰が当たると彼女は思った。


 だから、最後に彼女に助けてくれた会社の人にプレゼントをすることに決めた。それは、今彼女ができる限りのことであり、それしか思いつかなかった。

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