家族がバラバラになった日

 14年前、ひな子は小学4年、瑛斗は小学6年、悠人は高校3年

 彼らの両親は全員が節目だということで日本一有名なテーマパークに出かけることにした。それまで多忙だった両親だが時間を空けてくれたのだ。それに今まで旅行などしたことがない子供3人は喜ばないはずがなかった。それを告げられる前からひな子が


「テーマパークに行きたい!」


 と言っていたことも大きかったのだろう。悠人も瑛斗もひな子も両親が忙しく働いているのは近くで見ていたので我儘なんて口にはできなかったが、ひな子は抑えきれずに口から出したのだ。それに両親は考えたのだろう。最初ひな子を止めていた2人もテーマパークに行けると知って歓喜していた。


 当日、3人は寝坊気味の瑛斗までもが出発の2時間前に起きており、両親はワクワクを抑えられない子供たちを見て振り返った。


「それじゃあ、行くよ!」

「「「はーい!」」」


 父の合図に3人揃って返事をした。

 悠人が両親に代わって下の二人の面倒を見ていたので大人びたところがあったが、この日はひな子や瑛斗と同じ様子だった。


 テーマパークに着いてからひな子ら3人の興奮は最高潮だった。テーマパークに付いている”夢の国”は比喩ではなく本当のことだった。見たことがない大勢の人、仮装した人々、踊って食べて飲んで笑顔溢れていた。テレビの中だけでしか見たことがない光景が広がっており、本当に現実かどうかを惑わせた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「もう帰る時間だから出るぞ。いいか?」

「思い残すことはない?」

「うん。」

「大丈夫。」

「十分楽しんだよ。」


 父と母からの問いかけにひな子、瑛斗、悠人の順に答えた。


 それから、家族はテーマパークのゲートをくぐり、全員が楽しい時間が終わったことを実感した。

 それから車に乗り込み、帰路についた。


 車で3時間ほどの旅で、帰りの車の中ではたくさんの話で盛り上がっていた。もちろん、先ほどまでいたテーマパークの話だった。


「あのモンスターを倒すのは難しかったな。」

「俺、悠人にぃより多く倒した。」

「確かに、瑛斗はうまかったな。」

「私も倒した。」

「そうだな。ひな子も上手だったな。」

「悠人にぃは絶叫のやつ何を乗っても問題なかったな。」

「大丈夫だったみたいだ。」

「悠人は昔からそういうの平気な顔をしていたわよ。」

「そうだな。」


 両親も子供たちの会話に入って笑顔しかその空間にはなかった。

 それで順調に走っていたはずなのだが、前に一台の車が出てきたと思えば、小刻みにブザーを鳴らしだし左右に小さく揺れだしていた。前の車はあおり運転だった。両親はそんな誘いは全て無視していたのだが、前の車はそれが面白くなかったのか、高速道路でスピードを車を近づけられるギリギリまで緩め出した。それでも両親は冷静だった。


 そのすぐあと、トンネルを抜けたと思ったら、悲劇は一瞬だった。

 前の車がその前のトラックにぶつかると思った父がすぐに急ブレーキをかけたので、ひな子はシートベルトで首がわずかに切れて血が滲み痛みに目を閉じると次には温かく嗅ぎ慣れた両親の匂いに包まれて横に倒れた。


 目を開けるとひな子には暗かったが父の声がして安心した。


「ひな子、お前が無事でよかった。」

「お父さん。」


 それから母の声がした。


「ひな子、今日は楽しかったわね。休んで明日にはまた元気になってね。」

「お母さん。ちょっと疲れた。お休み。」


「「おやすみなさい、ひな子。」」


 それが、両親の最期の言葉だった。


 それから目を覚ますと病院のベッドの上だったひな子は顔に絆創膏をしている瑛斗と手足に包帯を巻いている悠人が駆け寄ってきた。


「どうしたの?悠人お兄ちゃん、瑛斗お兄ちゃん。」

「よかった、生きていて。」

「お前、心配かけるな。」


 今までただ眠っていただけだと思っているひな子にはどうして2人が泣きそうになっているのか全く分からなかった。悠人はひな子を抱きしめて瑛斗はひな子の頭をなでていた。


 それから、医者の診断で首のやけどと手足のすり傷以外にはないと言われ退院したひな子は久しぶりに感じる我が家に帰って来た。家に帰ってすぐに両親がいないことに首を傾げつつも多忙な両親だから昼にいるわけがないと納得したひな子は2人に手を引かれながら家に入った。


 入ってすぐに見たのは両親の写真だった。それも父と母は別々の衝立に入れられて立てかけられていた。ひな子が目覚めた時にはもう葬儀は終わっていたことをまだ幼かった彼女には理解できなかった。悠人が受験予定だった大学を止めて就職を選んだことも、私立中学お受験のはずだった瑛斗が公立に変更したことも彼女は知らなかった。誰もが夢も希望も諦めて今日、明日の自分たちのことを考えての選択をしたのだ。


 悠人は両親の写真の前に来るとひな子を座らせて自分も隣に座った。


「父さん、母さん、無事にひな子は退院したよ。二人が命を賭して守ったから無事だった。ありがとう。僕らは彼女を守る。そして、僕は瑛斗も立派に育てて見せるから見ていて。」


 急に写真に語りだした悠人を不思議に思ったもののひな子はその言葉の内容で察するものがあった。そして、ひな子はだんだん涙がこみあげてきて嗚咽を漏らした。


「お父さん、お母さん。あの時、『おやすみなさい』って言ってくれたのに。会えないの?」

「ひな子、泣くな!父さんも母さんもお前を守っていなくなったんだ!お前が大事だったから。一番大事だったから。」

「一番大事だったからいなくなったの?」

「そうだ。」


 瑛斗の言葉はひな子の中に強く刻みつけられた。それも最奥の部分に。

 言葉には魂が宿ると言われている、瑛斗の言葉がまさにそれだった。


「一番大事になったらいなくなってしまうんだ。」


 ひな子はそれから誰かの一番にはならないようにした。それは明るいひな子を一人で過ごすようにさせたが、それは勉学に彼女を向かわせたことで問題なく悠人の支援もあって彼女は無事に大学への進学と卒業をさせた。


 ひな子はその後大学で最も人気があった和樹と結婚した。

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