悠人兄にも言えない

 悠人の元に着いたのはちょうどお昼よりも前だった。食欲がない上に昨夜の夕食を吐いたことで悠人やその家族に不快な思いをさせないためにわざと外した。


「久しぶり、悠人お兄ちゃん。」

「久しぶりだな、ひな子。」


 悠人に出迎えられて、家に入ると彼の妻恵理那と甥の圭人と博人が笑顔で挨拶をしてくれたので、ひな子は気持ちが晴れた。


「すみません、恵理那さん、こんなに急に来てしまって。」

「良いんだよ。いつでも来てね、ひな子ちゃん。お構いはできないけど、いつでも大歓迎だからね。一人暮らしだと体調が悪い時に大変だから。」

「ありがとうございます。」


 いつも恵理那はひな子を心配しているようで温かい言葉をくれた。そして、決まって恵理那はひな子に一押しのお茶を出してくれ、この日は玉露だった。冷たい緑茶はあまり好きではなかったひな子もこのお茶だけはすっきりとしていて飲むことができた。昨夜吐いていたので少しだけ不安だったが少し安心した。


「それで、どうしたんだ?」


 悠人は落ち着いた頃に話を切りだした。ひな子なりに覚悟を決めていたつもりだったが話そうと思うと緊張があり手が震えだした。その手を太ももの下に隠した。


「実は和樹さんと離婚したの。」


 ひな子の言葉は甥たちの声が響く室内でもいやに大きく響いた。息苦しさを感じていると、それを一気に吐き出すように悠人が息を吐いた。


「わかった。手続きはどうした?住む場所はあるのか?」

「手続きは離婚届1枚書いてもらって終わったから問題ないよ。住む場所はこの後から不動産を回ろうと思っている。」

「そんなにすぐに見つかるのか?」

「大丈夫。一応、ネットで調べてこれから内見で回ってその中から決めるから。家電製品とかはないからしばらくは不便かもしれないけど大丈夫。」

「それならいいんだが、何かあればすぐに来るといい。とは言ったものの、俺たちも共働きだし、あまりフォローできないけど。」


 悠人は困ったように言った。


「お二人には迷惑をかけたのにこんな結果になってごめんなさい。」


 ひな子が言っているのは結婚式の時に和樹のご両親やその親族から言われた言葉のことも含めた彼らに対する侮辱の視線と言葉だった。二人はこれまで何度もひな子が謝っていたからか、目を合わせてからひな子の方を見て呆れた顔をした。


「もう何度も謝ってくれたじゃないか。」

「ひな子ちゃん、本当に気にしないでね。」


 と、彼らがひな子を励ました。多すぎる謝罪は向こうに何も言えなくするのだった。ひな子は彼らを見てそれを実感した。


 彼らの顔には少しだけ肩の荷が下りたような顔をしており、そんな彼らとドアを開けてある隣の部屋で兄弟で仲良く遊んでいる甥二人のことを見ていると、ひな子には病気のことなど言えるはずもなかった。結局ひな子は悠人と恵理那に何も言えず、昼食に誘われてもそれをやんわりと断った。


 悠人の家を出ると、不動産に向かったのだがその途中で駅のトイレに駆け込んでしまい、そこで泊まったホテル近くのコンビニで買ったおにぎりを吐き出してしまった。


「こんな姿はお兄ちゃんたちには見せられない。」


 彼らには言わなくてよかった、とトイレの鏡に映った自分を見てひな子はため息が出た。少し落ち着いてから不動産に向かった。足元がふらついている自覚があるのだが、住む場所は会社に報告も必要なので意思だけで足を動かした。


 不動産は大きな企業に勤務しているため簡単に契約できた。保証人に関しては悠人に頼んでいるため郵送で完結した。その際、契約期間は2年であり、ひな子にとってはその数字が自分の限界だと自然と思えた。

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