前向きな準備

 ひな子は必要な書類を揃えて家にある私物を整理し始めた。和樹があの光景からだと12時を回ることは決定していたから引っ越し準備をしても気づかれることはないと考えた。


 私物も実はそれほどなかった。本が数冊と服や靴などの衣類等がほとんどだった。この家は結婚する際に和樹が買ったマンションで、家電や家具、キッチン用品や雑貨のあらゆるもの全ては彼が揃えたのでひな子の私物ではなかった。それに彼女にはアクセサリーに興味もなく、付き合って今まで彼からもらったものは一つもなかった、結婚指輪も断ったから本当に一つもなかった。


 段ボールに詰めてみると2箱という驚異の数だったのには、さすがに本人が一番驚いた。


「これって、一人暮らしの時よりも少ないんじゃないかな。というか、女子として、この荷物の少なさはどうなのか、と自分でも思うような。」


 両手を組んで悩まし気に彼女は呟いた。


 それから、夜遅い時間だったが、ちょうど子供も寝た頃だろうと、悠人に連絡を入れた。


「もしもし。」


 悠人は2コール目ぐらいで出た。

 向こうから車の音が聞こえてくるのでひな子はタイミングの悪さに後悔したが、悠人は全くひな子からの電話に対して悪い印象はないようでいつもの調子だった。


「悠人お兄ちゃん、今大丈夫?もしかして、外?」

「ああ、外だな。帰宅途中だし、最寄りだから問題ない。どうした?」

「明後日の土曜日って何か用事がある?」


 ひな子の質問に少しだけ間があいた。

 今まで彼らに会うことがあるとしたらお盆やお正月に長野の実家だった。ひな子と悠人は同じ都内に居るのだが、今までひな子が会ったことがなかった。ちなみに、瑛斗は千葉で教師をしていた。そんな淡白な関係だったのでひな子から予定を聞くことが珍しかったからだろう。


「いや、今回は特に予定はない。子供二人と恵理那と4人で家にいるが、和樹君とくるのか?」

「いや、和樹さんとは行かない。私一人だけど、良いかな?昼頃に会いに行くよ。二人に会うの楽しみだな。」

「いや、そこは俺たちも入れなさい。お前は本心がすぐに漏れるな。」

「ごめんなさい。じゃあ、土曜日に2時頃かな。」

「わかった。また、決まったら教えて。」

「うん、ありがとう。おやすみなさい。」


 ひな子は電話を切った。

 通常モードな悠人の対応がひな子を落ち着かせた。安心感をいつも与えてくれたのは彼だった。


「さて、あとは住む場所と書類の準備ね。」


 明日も会社なので早めに寝るのは当然なのだが、それでも、いつもより少しだけ遅い時間にまでなった。和樹が帰って来たのは全ての準備を終えた後だったのは確かだろう。彼が帰ってくるのを知れたのが朝だったのはひな子にとっては日常茶飯事だから気にしなかった。考えてみれば、2年前の結婚当初から和樹が帰って来たのは週に3、4日は12時を回っていたので二股をかけられていたのかもしれないが、もう考えてもあとの祭りだったので止めた。


 彼を見かけたことが今のひな子には幸運だったのかもしれない。これで、和樹への報告は必要なくなったのだから。しかし、ひな子は和樹とのこれからのことを報告しないといけない相手がいたので携帯からメールでたった一言送った。その返信はわずか5分後に来た。その返信内容を見てひな子は苦笑した。


「この人がいてよかったと思えることがあったのは初めてだな。」


 ひな子が予想した通りに進んでいた。

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