夫の浮気発覚

 余命宣告を受けてからの記憶がその日はなかった。

 1日経てば自分はその現実を突きつけられて悲しみは全くなかったのだが、夫和樹への報告の方法には頭を悩ませた。

 そうして、報告できないまま3日はあっという間に経った。その間に和樹の帰りは遅く、この日もまた帰りが遅くなることを朝に言われたので、ひな子は外食に決めていた。


 独身時代からお金をかけないことに注力していたので、ほとんど自炊していたのだが、自分の誕生日や記念日には特別にファミレスや回転寿司に行っていた。しかし、給料がそれなりにもらえるようになり、家賃や光熱費は和樹が払ってくれているので少しばかり余裕があった。だから、今まで行ったことがなかったテレビで紹介されるようなオシャレなお店には行くことができた。


「楽しみだな。今日はちょっと奮発しちゃうし。」


 余命宣告されてから数回鼻血を出したり少し吐き気はあったが、それ以外には体調に問題はなかったので少し奮発したお店に行こうとした。すでにリサーチ済みで恰好も少し気合を入れてそのお店に向かうと、会社のお昼休みの時にお店に予約していたのですんなりと入れた。久しぶりの外食に心が少し高ぶっていた。


「いらっしゃませ。」と言われて迎えられ、ウェイターに案内されたのは窓側の席に案内された。席に座ると高層ビルにあるイタリアンのお店なので、眺める景色は


「とてもきれい。」


 と言葉が出るほどのものだった。

 こういうお店に和樹と来たことはなく、一度だけ一番上の兄である悠人はるとが大学卒業を祝ってもらった時に彼の家族と一緒に来たぐらいだった。3歳と1歳の甥がとてもかわいく料理を頬張っていて、悠人と妻の恵理那が穏やかに笑っていた温かい光景だった。幸福が何か、と言われたら、ひな子はこの光景を思い出していた。

 一番上の兄は両親が亡くなった時にちょうど高校卒業して公務員になり、まだ10歳だった私と12歳だった二番目の兄である瑛斗あきとを大学卒業まで面倒を見てくれた責任感がある人だった。

 だから、今回の余命宣告のことも彼には報告をしないわけにはいかなかった、もちろん、瑛斗にも。

 しかし、まだひな子は言えていなかった。和樹に最初に言わないことにはそんな話題をすでに家庭がある二人の兄には言うことができないだろう。


 ちょっと奮発したサラダとパスタはおいしかった。しかし、それを全て完食することは最近落ちたように感じる食欲では無理だったので、それだけが残念に思った。


「こんなにたべれなかったっけ?」


 ひな子は首を傾げつつも料理を3分の1ほど残して立ち上がった。お会計の時には残してしまったことを詫びながらお店を出た。


「もう、外食には行かない方がいいかもしれないな。」


 ひな子は肩を落としながら帰ろうとした。


「和樹!」


 と耳慣れた名前に地面に落としていた視線が急に上がり、その声の方を見た。よくある名前なのでひな子が良く知る人物とは限らないのに、彼女はなぜかその声に強く反応した。


 それは斜め後ろの車道を挟んだ反対側の道だった。そこには、高価そうな服を着て化粧をしたきれいな美人が嬉しそうに男性の腕を掴んでその彼の旨に頬を当てて顔を見上げた。その視線を追うように男性の顔を見た時にひな子は息が止まった。


「和樹さん。」


 夫である和樹に間違いなかった。彼の顔は大学で女性たちの視線を釘付けにするほどの容姿をしており人気が高かった。男女ともに人望があり学生時代にすでに司法試験に受かった時に誰もが”当然”だと思った。そんな彼と同じく容姿が整った女性の組み合わせに全く違和感がなかった。それも場所はひな子が言ったレストランがあるホテルよりも世界的に有名な高級ホテルの前で、ちょうど二人で入って行くところだった。


「本当に絵になるな。」


 ひな子は二人を見てため息を吐いた。結婚する前から容姿の差を周囲から言われていたために、その男女を見たら納得してしまった。そんな差を思い知らされて、かつ、色々と考えていたことがスッと無くなって行く気がした。ひな子はただ映画のワンシーンのようなその光景に彼女は携帯を向けて


パシャ


 とシャッターを切った。本当に夫婦だったのかこの時になってひな子は疑問に思うようになり、彼女の中で今後の方針は決まり明日に向けての準備の段取りをした。


「さて、明日から忙しくなる。」


 ひな子は空を見上げて明るく笑った。

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