あなたの一番が私じゃなくてよかった
ハル
突然の余命宣告
大きな病院に来たことがなかった。ドラマでは見たことがあるが、こんな風に医者と二人で話したことはほとんどなかったのでどこか緊張した。
こんな状況になったのは家に届いた一通の郵便封筒だった。宛名は会社からでありひな子は自分宛だったので不思議に思いながら開けると健康診断の結果同封の旨が書かれた書類とともにA4の結果一覧が入っていた。
”要精密検査”
見たことがない文字の羅列に固まってしまって手元からその紙が落ちてしまった。それに慌てて拾いあげて今後のことを考えた。一般的に大企業に分類される会社で経理として働いているひな子は年中忙しいのだが、年末や決算時期と比べると閑散時期になった。入社して2年、特に用事や体調不良でない限り休まないために有給休暇は十分に余っているために一番早い時期で日程を組んだ。
結婚して2年経つのだが、多忙な夫和樹は朝は一緒に家を出るが夜は12時を回った時間に帰ってくることがほとんどだったので、ひな子はすでに独身時代に戻った気分だったので気楽なものだった。
「まあ、たまたまでしょ。こんなのって心配するだけ無駄だって聞いたし。」
ひな子はそう気楽に病院への精密検査に臨んだのだった。病院は近くにある国立大学付属病院であり、検査の予約は意外と早く取れた。
そうして、検査を受け終わり30代ぐらいの若い男の医者の前に座った。彼が深刻そうな顔をしているのでひな子は笑って明るくしようとしたのだが、それが逆効果でさらに空気が重くなった。
「秋川ひな子さん、あなたは余命2カ月です。」
と最初の一言目に言われた。彼からの余命宣告は本当に突然だった。それにはさらに頭が真っ白になった。
ひな子は本当に思考が停止していたようで、何度目かわからないが名前を呼ばれたところで自分を取り戻した。
「すみません。」
「いいえ、いきなりで驚きましたよね。あなたは白血病なんです。治療を施さないといけませんので入院をお願いします。あと、秋川さんのご家族に検査を受けていただきあなたの型と同じかどうか調べさせてください。型の合致がなくても、他に型が合致する人がいるかもしれませんし、それを待っている間は放射線治療で進行を遅らせることもできますので・・・・。」
と、色々と治療の説明をされたのだが、全てはひな子の耳を右から左に抜けた。それは、彼女の頭の中には今後のことでいっぱいだったから。
「先生。」
「はい、何でしょうか?」
「私、治療を受ける気はありません。」
「は?」
今度は男性医者の方が固まった。
病院は病気を治すところであるのだから、治療拒否は全くないとは言わないがごくわずかであることは確かだろう。特にひな子のような20代の若い世代では。
「秋川さん、それは。」
「言いたいことはわかりますし、先生の提案は正しいことだと思いますが、私は辛い思いをしてまで生きようとは思いません。家族といっても両親はもういませんし、兄が二人いますが、彼らにはそれぞれ家庭がありますから、治療に協力してもらうことは心苦しいですから。申し訳ございません。」
「いや、でも。」
「本当に申し訳ございません。」
ひな子は引き留めようとする医者の手を避けて診察室を出た。
「秋川さん、気が変わったらいつでも来てください。早めに治療を開始すれば。」
彼の声がドアを閉じるまで聞こえていた。
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