第51話 五女ウドの歌
「ったく何やってんだよ兄貴! それにシロも!」
「……ごめんなさい」
「俺達は悪くない!! タルトが分からず屋なだけだ!!」
俺とシロは現在、響協会王都支部のエントランスで正座をしていた。目の前にはウドが立っている。
「そのタルトさんから、話を聞いてくれないから助けてってクラリネット先生宛てに連絡が来たみたいだけど?」
「助けて欲しいのはこっちだ!!」
「兄貴はタルトさんになんて言ったんだ?」
「
「……タルトさんの勝利〜! 兄貴の負け〜!!」
「そ、そんなぁ!!」
ウドは横で困った様な表情を浮かべているタルトの腕を高らかに持ち上げた。あ、脇汗が服まで染みてる。余程怖いことでもあったのだろうか。
「シ、シロ様につきましては本部の方に連絡しまして、協議してからの結果となります! ですので私の権限ですぐにご用意するというのは!」
「なんでだ!! こんなに可愛くて天才なのに!! 可笑しい! 世界が間違って——」
「うるさいっ!!」
ぺこっとウドに頭を叩かれた。なるほど、これはこれで……いい!!
「完全に兄貴が駄々こねてるだけじゃねぇか! それに、シロがいてどうしてこうなっちゃったんだよ!」
「ごめんなさい……浮かれていて……」
「いや、まぁやっと夢が叶うってんだから気持ちはわからなくねぇけど……その服も似合ってるしよ?」
「あ、ありがとう……」
「はぁ……まぁシロが楽聖になれるかどうかは一旦置いといてさ、どうせ楽聖にはなっちまうんだろうし前祝いでもしにいく?」
前祝いか……いい。それいい!!
「無論——するっ!!」
「す、するっ!!」
「シロ……楽聖になるからって兄貴の変な行動は真似しなくていいんだぞ……」
そういえば威厳を出すために俺の真似してみてと言ったのがまだ有効だったらしい。右手で顔を覆い隠しているシロ。あ、恥ずかしくなって俯いちゃった。可愛いい。
「タルトさんごめんなさい。迷惑かけたみたいで」
「いえ……こちらこそご期待に添えず申し訳ございません。シロ様、楽聖になられた暁には、我々楽聖課が全力でサポート致しますので今後ともよろしくお願いします」
「よ、よろしく……お願いします」
————————————————
「おっちゃん〜! 奥のテーブル席空いてる?」
「おぉウドちゃんじゃないか! 奥なら空いてるぜ! でも今日は非番だろ?」
「妹のお祝いでね! 美味いもの作って持て成してよ!」
「ウドちゃんの妹のお祝いか!! そりゃいいぜ! 任せな!!」
ウドがシロを祝うのに丁度いい場所があると言っていたので付いてきたら、そこは下町感溢れる居酒屋のような酒場だった。
店の中は大盛況というわけでは無いが、まだ遅い時間ではないのに酒を飲んでいる大人達の姿があった。
うん。雰囲気は嫌いじゃ無い。でもシロのお祝いにぴったりかと言われるとどうだろうか。シロの好物でもおいているのだろうか?
「よし、奥のテーブル使えるみたいだからついてきてよ」
「ここがウドの……お手伝い先……」
「なかなかいい雰囲気だね。アットホームというか」
「そうだろ〜? まま、おっちゃんの飯は美味いからさ! 期待しててよ!」
ここは普段ウドが働いているというか、手伝っている酒場だ。アルバイトみたいなものだな。
「はい、シロはこっちの席な! 兄貴は隣!」
ウドが慣れた手つきで椅子を引き、俺とシロを座らせてくれる。そのタイミングに合わせて女性の従業員が皿を持ってやってきた。
「はいよ! 飯出来るまで少し時間がかかるから、これでも食っとけって!」
「姉さん、サンキュー! おぉ! おっちゃんの秘蔵の燻製肉じゃん!」
皿に盛られていたのは、燻製された香りが食欲を誘う肉だ。酒のつまみには良さそうだが、シロはこういうのもいけるのだろうか?
と思ったが心配無用だった。あまり食べたことはないようで、少しずつ小さな口に運んではよく噛んで食べていた。
俺は……味がしなかった。もう妹の料理以外では味を感じることができない体に改造されてしまったからだ。だからといって野暮なことはいわない。このシチュエーションが美味いから美味い。それでいいんだ。今日はシロのお祝いだしな。
談笑をしながら次々と並べられる料理達を、ウドとシロが食べていく。その姿を見るだけで俺の満腹中枢は満たされていった。
意外だったのは、シロとウドはよく喋るということだ。いや、9つ子なので喋るのは当たり前なのだが、個性が全然違うタイプの二人なので共通の話題とかは少ないと勝手に思っていた。
だが、実際はウドが楽聖についてシロに振れば、シロは奏法の理論とかを話し続け、ウドはそれを微笑ましく聞いている。逆に、シロがウドにこの酒場での仕事を聞けば、ウドがこんな客もいるという面白可笑しい話をして、それを真剣に聞くシロの姿があった。
人と人が仲良くなる上で共通の話題なんて必要ない。相手のことを知りたいという気持ちだけあれば、それだけで充分だということを改めて感じさせられたな。
「はぁ食った食った。さて、あたしはメインディッシュの準備をしてくるから、二人はデザートでも食って待っててくれ」
一通り料理を食べ終えたところで、ウドが席を立ってどこかに行ってしまった。メインディッシュか……いや、結構メインの料理ばかりでしたけど……
基本肉、肉、肉、のフルコースを堪能したのにまだメインがあるとは……これは逆に野菜が出てくるパターンとかだろうか。
「ふぅ……一杯、食べました」
「満足したかい?」
「はい……! どれも……美味しかったです……!」
シロは結構細身だと思うけど、さっきまで食べていた肉達はどこへ行ってしまったんだろうか。あ、俺も肉になればシロの一部に……天才か?
そんなことを考えていると突然、店内の照明が真っ暗になった。
一瞬、敵襲を疑ったが、そうではないことに気が付くまでに時間は要さなかった。店内にいる客達が、こうなることを知っていたかのように静かに一点を見つめていたからだ。
その視線の先にあるのは、ステージ。
この店に来た時から違和感はあったんだよな。大人二人くらいが横に並べる程度のお立ち台のような場所があることに。俺は一目見てそれがステージだとわかった。
暗闇の中、一人の影がステージの中央に立つのが見える。ロングドレスを着た、神々も見惚れる女性の影だ。
女性が中央に立った瞬間、頭上に設置された照明が光を放ち、スポットライトの様に女性だけを照らした。
「みんな、いえ〜い! ウドだよ〜!」
『うぉ〜!!! ウドちゃん! 待ってたぜ〜!』
『今日休みだって言ってたから聞けないかと思ってたぜ〜!!』
その声を聞いた客達は、思い思いに拍手や雄叫びを上げていた。なるほど。ウドがここでアルバイトをしている理由がわかった。
自由に歌えて、それを楽しんでくれる人がいる空間——
ここはウドにとって、そんな場所なんだ。
「今日はあたしの妹のお祝いの日なんだ! みんなも祝ってやってな〜!」
そう言ってウドはこちらのテーブルに向けてウインクをする。なるほど。こりゃメインディッシュだわ。
「だから今日は妹のために歌っちゃうぜ! お前らはあたしの歌が聞けてラッキーだったな!」
MCから空間を支配して人を惹きつけるセンスがある。いい歳した大人ならこんなこと言われたらイチコロだろう。もちろん、手を出したらヒャッコロでは済まないが。でも、ここにいる人達は本当にウドの歌が好きなんだろうな。そう感じれる響力で満たされている。
「それじゃ歌います。聞いてください——」
そこからウドのライブが始まった。ライブが終わる頃には俺が号泣して、シロに背中をさすって貰うという意味不明な状況になったのは仕方がないことだった。
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