第50話 四女シロは天才

「ど……どうですか?」



 シロの作った奏法陣、シロの演奏。


 その音、空気、意思、全てを耳にかき込んで脳で咀嚼する。



「すごい……素晴らしい奏法陣だ。シロ」


「本当……ですか?」


「あぁ。遂にやったんだね」



 この世界で奏法陣を作れる人は片手で数えられるほどしかいない。知識も無しに作った奏法陣は人の命を奪いかねないからだ。ゆえに響協会が奏法陣を組める人に楽聖という称号を与え統制している。



 シロのこの楽曲は、楽聖が組んだ奏法陣と遜色が無いレベルで仕上がっていた。



「ここまでくるのに……長い時間が……かかってしまいました」



 五年前にも一度奏法陣を見せてもらったが、それがたった五年でここまで出来るのは正直天才という言葉では足りない。俺は前世でそういう仕事をしていて、前世の記憶があるから小さい頃から奏法陣を組めるが、この世界の人にとって奏法陣を組むということは前世でいうノーベル賞を取るに等しいと思っている。



 普通、十五歳の少女がノーベル賞を取れるか? 世界に一人いれば十分というレベルだろう。シロはそれになったのだ。



「短すぎるくらいだよ。本当に努力したんだね」



「兄様に比べれば……まだまだです……ですが、少し……近づけたでしょうか?」



 近づけたなんてレベルじゃないよ。元々俺なんて超えているし、なんなら離されてしまったくらいだ。俺が今からこの世界に電波のネットワークを構築しろと言われても無理だしな。そういうことなんだよ。


 俺は少し運が良かっただけ。俺にとって都合がいい世界だっただけ。


 でもシロは違う。この世界で生きて、自分自身の力で手に入れた。



「シロの兄として誇らしいよ。シロに負けないように俺も頑張らなきゃね」


 そう言ってシロの頭を撫でる。シロは少し俯いて顔を赤らめていた。流石に兄に頭を撫でられるなんて恥ずかしいか……



「シロも遂に楽聖だね」



「えっと……私は……楽聖なんですか?」



 ん? あれ、奏法陣組めたら楽聖なんじゃないっけ……?


 いや、楽聖になれる資格はあるはずだ。というかそれが条件だし。


 俺の時はどうだったっけ……確か妹達の仕送りと小遣い稼ぎのために匿名で歌法陣とか奏法陣を送りまくってたら、いつの間にか楽聖の象徴である響遺物を送りつけられていた。


「聞いてみようか?」



「……私が楽聖なんて……不相応ではないでしょうか?」



「大丈夫。シロの実力は俺が保証するよ」



 そう言ってあげると、シロは胸の前で祈るように手を組み、小さく頷いてから微笑んだ。



「では……よろしくお願いいたします」




 ————————————————




 響協会にいた頃に支給された楽聖の正装を身に纏い、建物の正面入り口の扉を力強く開く。



「頼もう!!」


「た……たのもう……!」



 ここは響協会王都支部。俺たちはブツを頂きに来たエージェント——




 という冗談はさておき、シロがどうやったら楽聖になれるのかを聞きに来た。俺が態々わざわざ正装に着替えてきたのは、とりあえず威厳を出すためだ。シロもここに来る途中で買った、シロにぴったりな純白のフィッシュテールタイプのドレスを着ている。


 見方によってはウェディングドレス……新郎新婦……いやいや、こういう妄想はシロに失礼だな。




 妹達も、いつか好きな人ができて結婚とかするんだろうな——




 シロの姿を見てそんなことが頭をよぎった。アイドル達だって、いつかはグループを抜けて結婚する。それは自然なことだ。俺だって妹達が愛する人と結ばれるなら……心から……祝福……ぐうぅぅぅううう!! ダメだ! これ以上考えたら持ってかれる!!



 とにかく二人でこの様な格好をしているのは、圧をかけるためだ。



「が、楽聖様!? どうなさったのですか!」


 受付に座っていた女性社員が立ち上がり、こちらに走ってきた。


「やぁ。タルトはいるかい?」


「タルトさんにご用ですか? 事前にご予約は——」



 三人の間を無言の時間君が高速で反復横跳びしている。


 え? 予約……いるの?



「あ、いえ! ちょっと確認してきます!!」



 何かを察したのが、受付の子はダッシュで元の場所に戻り、何かを操作している。一応連絡を入れてくれているようだ。



「兄様……私の威厳……出てるでしょうか?」



 シロが隣で力強く拳を握りしめている。力を入れすぎて腕がプルプルしている。なんだこの可愛い神は。確かに威厳を見せつけてやろうと提案したが、最早威厳なんていらない。この姿を見て平伏さない奴はどうにかしている。俺の膝もさっきから「折り畳ませてくれぇええええええ!」と叫んでいるし。



「大丈夫だよシロ。かわ……すごく威厳が出てる。ほら、職員もあんなに背筋を伸ばしているじゃないか。きっとシロの威厳を感じて、新たな楽聖の凄みに驚いている頃だ」



「そ、そうでしょうか……がんばり……ます!」



 それから待つこと数十秒、受付の奥にあるドアから出てきたのは響協会王都支部所属のタルト・エッセルト。彼女は俺がオーダーと戦った後に響学校に駆けつけた職員だ。


 よほど急いできたのか、息が少し上がっている様にも見える。


 受付の女性と少し会話したかと思えば、すぐさまこちらを向いて一目散に走ってきた。なんだここにいる人達。走ってばっかりで面白いな。



「アルファ様!! 本日はどうなさいましたか?」


 おお、さっきまで息を切らしていたはずなのに、俺のところに到着する頃には正常に戻っていた。すごいな……たまにお忍びで来るのも悪くないかもしれない。いや、流石に迷惑か。



「急にごめんね。実は妹を紹介したくて」


「え……っと、妹様ですか? 一応存じ上げてはおりますが……」



「あ、そういうことじゃなくて——新しい楽聖だよ」



「……はい?」


「よ、よろしく!! ——お願いします……」




 あ、こいつ何言ってんだって顔してる。

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