第49話 三女サンキとのデート
「ふぁ……」
「兄さんがあくびなんて珍しいね」
「昨日はちょっと遅くまで起きていてね」
サンキの前であくびをしてしまうなんて……精進が足りないな。決してサンキと一緒にいるのが退屈というわけじゃない。
別になんでも無い用事であれば十徹だって余裕だが、昨日は久しぶりに神経を研ぎ澄ましている時間が長かったのだ。
ジーコと朝までお喋り。といってもほとんどはジーコが普段口に出せない愚痴だったりを話していたが、俺はその一言一句を暗記する勢いでジーコの話を聞いていた。
話を聞きすぎて疲れたというわけでは無いのだが……どうしてあくびなんて——
「ほら、ちょっと横になりなよ」
そう言ってサンキは俺の頭を持って女の子座りをしている自身の太ももの上に、俺の頭を乗せた。
俺の頭が
まさか……俺の自我ではない本能の部分が、この状況を予見していたというのか……?
でなければこのタイミングであくびなんて出るはずがない。ここに来て新たな能力を手に入れたのか……
スカート越しにサンキの体温を感じる。
すごく、いいです。
「ありがとう」
「どういたしまして。それにしてもやっぱり高響生の戦いは派手だね〜」
本日も例に漏れず、歌舞奏対抗戦の参謀のお仕事中だ。この仕事をしている時は、妹の内の誰かが一緒にいてくれることが多い。授業は大丈夫なのかな? とも思ったけど、担任がクラリネットだから問題ないのだろう。
なんとなくだが、俺から狩人を遠ざけるという目的もある気がする。現に妹達と一緒にいるときには、女生徒から声を掛けられることが少ないしな。
俺としては有難い。狩人達の言葉は、裏に秘められた想いがリアルすぎて少し怖いと思えるほどだ。
何にせよ今はこの至福を堪能させてもらおうじゃないか。
「サンキはもっと強いじゃないか」
「やろうと思えば出来るかもしれないけど、あたしはもっとコンパクトにやっちゃうタイプだからなぁ」
サンキは妹達の中で一番舞法をやっているしな。歌法は勝手な想像から中、遠距離での攻防が得意だと思われがちだ。逆に舞法は近接系だと言われている。
正直そんなことは無いのだが、舞法も得意としているサンキだから接近戦を好んでいるようだ。
「そういえば兄さん、今日は空いてる? あそこ連れて行ってよ」
「今日はこれが終われば予定がないから大丈夫だよ。わかった。連絡しておくよ」
「ありがと」
膝枕だけじゃなく、サンキとのデートもしていいなんて……
俺って今日誕生日とかだったっけ?
————————————————
「みんな来たよ〜!」
建物のドアを開けてまさに開口一番、サンキは大声で呼びかけた。
「あ! サンキお姉ちゃんの声だ!!」
「サンキお姉ちゃんがきた〜!!」
「サンキお姉ちゃん!!」
その声に対して、待っていたかのような声で返答するのは小さな子供達だ。子供達はサンキの姿を見つけると、一目散に集まってきた。
「みんな元気にしてた?」
『はぁ〜い!!』
「よし! えらいねぇ〜!」
そう言ってサンキは子供達の頭を撫でる。うむ。小さい子供のお世話をする妹というのは何故こうも神々しく見えるのだろうか。いや、元々神々しいのだが。ということは神々神々しいしぃだな。
「あ、お待ちしてましたよ! ルドさん、サンキさん!」
「お邪魔してます。レミーアさん」
「レミーアさん! これお土産——ってこら〜! 引っ張るな〜!」
サンキが手に持っていたお土産を渡そうとしたら子供達に引っ張られて奥に連れて行かれてしまった。仲良くみんなで食べれるものだから問題ないだろう。
「あんまりサンキさんを困らせないでね〜! すみません来ていただいて早々に」
「いえ、サンキも喜んでいると思いますので。それよりこの時間にお菓子を食べても大丈夫でしょうか?」
「はい! 夕食は終えてるのでたまにでしたら問題ありませんよ」
レミーアさんは響協会奏法課所属の方で、この響協会の施設の管理をしている人だ。
ここは、ミュート被害によって身寄りがなくなってしまった子供達が暮らしている孤児院。
アークトルスから帰ってきた後、サンキにミュートの被害にあうとどうなるのかということを聞かれた。その中で、ミュートの被害にあった人の家族の話題にも触れ、この施設の話をしたのだ。
その話を聞いたサンキは、どうしてもここに来たいと言った。
それから時間を見つけてはサンキとこうして孤児院に来ることにしている。俺としては妹とデートが出来る口実にもなるので問題ない。一応響協会の施設なので、俺が同伴しないと中には入れないのだ。
「レミーアさ〜ん! こっち来て弾いてくれない〜? あたし歌って踊っちゃうよ〜!」
「はいは〜い! 今行きますね〜!」
「あ、それなら俺が——」
「兄さんは響力がやばいからダメ〜!」
そんな……一応完全に抑えること……出来ます……
と思っていたら、俺の服がちょんちょんと引っ張られた。
「お、今日も来たか。ルイス」
「お兄ちゃん、今日も聞かせて」
「はいよ。俺の方に来てくれるのはいっつもお前だけだな」
こいつはルイス。少し生意気な女の子だが、この中で唯一俺に懐いている子供だ。お兄ちゃん呼びを許容しているが妹属性はない。なので俺のセンサーにも引っかからない。
「可哀想だから来てやってる」
「へいへい。それじゃ今日もルイス嬢のためだけに一曲披露しましょうかね」
俺とサンキだけの日常。
ここは悲しみの壁に囲まれた、優しさしか息ができない部屋だ。
いつかこの部屋のドアを壊して、幸せを届けたい。本当の幸せを。
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